若者たちの居場所をアートで応援! 「アートでチルする?」体験レビュー文:谷 亜由子/港まちポットラック新聞 ライター | つながるコラム | クリエイティブ・リンク・ナゴヤ

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2024.4.4

若者たちの居場所をアートで応援! 「アートでチルする?」体験レビュー
文:谷 亜由子/港まちポットラック新聞 ライター

 

クリエイティブ・リンク・ナゴヤでは、若者をとりまく様々な問題に取り組む「一般社団法人愛知PFS協会」と協働し、若者たちの居場所づくりをアートで応援する活動「アートでチルする?」を実施しました。今回は、谷亜由子さんによるレビューをご紹介します。

 

「アートでチルする?」(イベント詳細についてはこちら
会場:サカエヒロバス 「#栄でチルする?」会場
日程:2023年11月7日(火)18:30~21:30 *主催者の都合により17~20時から変更となりました/2023年12月5日(火)17:00~20:00/2024年1月9日(火)17:00~20:00/2024年2月6日(火)17:00~20:00/(2024年3月5日(火)雨天のため中止)

 


 

■谷 亜由子  港まちポットラック新聞 ライター

 

〝チル〟という言葉には、ほどよく力が抜けていてなんとも心地良い響きがある。青空の下、爽やかな風に吹かれながらゆったりくつろぐのどかな時間。そんな心身ともにリラックスできる安心感や、健康的で明るいイメージが思い浮かぶが、今回の「アートでチルする?」の会場は夜の栄。しかも開催期間は一年で最も寒さの厳しい11月〜3月。果たして人が集まるのだろうか?と一抹の不安を覚えたが、一方で、栄の真ん中でアーティストたちと一緒に夜遊びなんてなかなかできない体験でもあり、ワクワクする気持ちを胸に万全の防寒対策をして夜の栄・三越前サカエヒロバスに出かけてみた。

 

 

期間中に足を運んだ3回のうち、最初に訪れた12月5日。18時を過ぎ、会場に到着した頃にはすっかり日も暮れていた。クリスマスシーズンの栄の街は華やかにライトアップされ、道ゆく人たちの足取りもどことなく浮き足だっている。ヒロバス周辺はこの時間でもまだじゅうぶんに明るく、集った人たちの顔をしっかりと見分けることができた。

 

 

ヒロバス内の人工芝エリアにキャンプチェアやテーブル、屋外用ストーブなどが配置され、寒さの中にもチルらしいゆるやかな雰囲気が漂い始める。会場の中に大掛かりな装置や制作に使う道具を運び込み、準備を進めるアーティストたちの姿も見える。そんな中、私もキャンプチェアに腰掛けてみた。すると想像していた以上にぐっと目線が下がり、まるで部屋の床に直接座ってくつろいでいるような新鮮な感覚だ。そのまま空を見上げるとライトアップされたテレビ塔が圧倒的な迫力で視界に飛び込んでくる。見慣れた街がいつもとは違う表情を見せてくれるようで楽しい。日常の中で特別な目的もなく過ごすこんな時間は、私たち大人にとっても有意義で贅沢なことなのかもしれない。

 

 

「アートでチルする?」は、2023年11月から2024年3月までの4ヶ月間にわたり、毎月第1火曜日の夜、サカエヒロバスのフリースペースに数組の現代美術のアーティストが登場し、誰もが自由に参加したり鑑賞を楽しむことができるというもの。クリエイティブ・リンク・ナゴヤが行う、社会連携を目的としたパイロット事業の一つで、名古屋市と愛知県PFS協会とによる青少年のための居場所づくり「#栄でチルする?」とのコラボレーション企画として実験的に行われた。

 

 

 

主に絵画や立体作品の制作を手掛けてきた愛知県出身・在住のアーティスト、設楽陸さんはこの日、サカエヒロバス西側の一角でVR装置を使い、訪れた人が気軽に楽しめる体験型の作品に取り組んだ。

 

「コロナ禍を機に、最近ではVR(仮装現実)スタジオの中での制作も手がけ始めています。現実と仮想との融合をテーマに作品の表現を模索しているなかで、今回はVR機材を使い、屋外でスケッチした作品をバーチャル空間に展示して、スマホでその様子を見られるような仕掛けを作りました。絵を描くことに抵抗がある人も、ゲーム感覚で参加してもらえたらいいなと思っています」(設楽さん)

 

 

 

その横では、京都在住のナガタタケシさんとモンノカズエさんによるユニット「トーチカ」がスクリーンを設置。カメラを使った長時間露光とコマ撮りアニメーションを融合し、ペンライトで絵を描くことで、光るアニメーション作品が出来上がる「ピカピカ」という作品は、2010年開催の第一回あいちトリエンナーレでも人気を集めた。20年前から続けているというトーチカの代表作の一つでもある。

 

「東日本大震災を機に、アートと社会福祉との関わり方や、どうすればアートが傷ついている人たちのケアができるのかなどについて考えてきました。そういう意味で、自分たちの活動は芸術やアートという枠に限っていないと思っていています。コミュニティの中に入って問題を見つけ、自然な距離感を保ちながら繋がりを作っていくような活動を続けていますが、ともすると押し付けがましくなりがちなものを、そうではない形で表現したい」(モンノさん)

 

 

 

愛知県出身で現在は三重県在住の宮田明日鹿さんは、毛糸を使ったニットやテキスタイルなど、手芸の技法を使いアート作品を制作するアーティスト。普段は家庭用の電子編み機を使った創作なども行なっているが、今回の「アートでチルする?」では機械を用いず、シンプルに手作業の〝編み物〟で参加した。

 

「最初にお話しをいただいた時、夜の栄で手芸部ができるなんて楽しそう!と思いました。港まちづくり協議会で行っている〝港まち手芸部〟での経験を生かして、栄では若い人たちと編み物をしながら何気ない会話を交わして、居心地の良いゆるやかな場づくりを目指します」(宮田さん)

 

 

「ひとりひとりの未来へのサポート」を活動の中心に掲げる愛知PFS協会が2023年6月にスタートした「#栄でチルする?」。この活動は街の中に誰もが自由にくつろげる場=〝チル〟できる場所を定期的に設け、悩みや問題を抱えていたり、安心できる居場所を求める子どもや若者たちの相談に乗り、本人の希望に応じて必要な機関の紹介などを行う社会活動である。

 

ここ数年、栄の繁華街に集まるいわゆる〝ドン横キッズ〟と呼ばれる若者たちの問題がクローズアップされているが、そんな背景の中で、家庭や学校に問題を抱える子どもたちの犯罪被害を未然に防ぐ目的で始まった。スタート以来すでに数百人の若者たちが訪れ、着実に成果を上げているという。

 

今回、クリエイティブ・リンク・ナゴヤからの働きかけで実現したコラボ企画「アートでチルする?」は、ともに初めての試みということでまだまだ手探りの部分も多い。そのうえ寒さの厳しい冬の開催とあって、多数の参加者は期待できなかったというが、そんな中でも、「今日ここに来るのが楽しみだった!」と言って嬉しそうにやってきた女の子がいた。

 

――チルにはよく来るの?

「いつも仕事帰りに来ます。月に一度だけじゃなくて、もっとやっていたらいいのに」

――寒いし、外にいるよりお家に帰りたくならないのかな?

「うーん、帰ってもつまんないし。ここの方が楽しいな…」

 

そう言って表情を曇らせ、私の手を強く握った彼女は、軽い障害を抱え、現在は家族と離れてグループホームで暮らしているという。ホームには友達も少なく、いつも優しく受け入れてくれる大人たちとの時間を求めて、ここに来ることを楽しみにしていると言葉少なに話してくれた。言葉にできない切実な気持ちが、握られた手を通して伝わる。用意されたお菓子や炊き出しの豚汁を白い息を吐きながら美味しそうに頬張っていた姿が印象に残る。

 

 

同じ頃、宮田さんたちのテーブルにはギャル風ファッションの若い女の子二人が訪れ、レクチャーを受けながら慣れない手つきで編み物に挑戦していた。初対面の宮田さんたちと仲良く談笑しながら楽しげに手を動かしている。手の先までかじかむような厳しい寒さにも関わらず、終了時間まで作品づくりに没頭していた彼女たちは、大好きなキャラクター、星のカービィを完成させて元気に帰って行った。

 

 

トーチカの「ピカピカ」はスタッフたちにも大好評。モンノさんの指示に従い、ペンライトや懐中電灯を手に飛んだり跳ねたり腕をグルグル回したり。全身を使って空中に絵を描いていくのだが、自分の動きがどんな作品に仕上がるのかは後のお楽しみ。何よりもその場にいるみんなで作り上げる楽しさが魅力で、知らない人同士を自然に巻き込んでしまうパワーは絶大だった。

 

設楽さんのコーナーでは、専門学校生のカップルがVR装置を使ったお絵描き体験を楽しんでいた。偶然、学校帰りに近くを通りかかり、立ち寄ってみたという。

 

――このイベントのことは知っていましたか?

「全然知りませんでした。いつも通る道でたまたま何かやってたんで寄ってみました。すごく面白いですね!」

――街の中にチルできる場所があるのはどうですか?

「いいと思う。二人とも家が逆方向なので、いつもは学校帰りになんとなく栄をブラブラ歩いたり、暗くなるまで街の中に座ってしゃべってることが多いかな。お金もないし、毎回カフェとか寄れないので」

――アートに興味は?

「特になかったけど、今日VRで絵を描いてみて、こんなこともできるんだって、めちゃくちゃ楽しかった!また来たいです」

 

バーチャル空間に彼らが描いた絵が、新しい創作活動のヒントになったという設楽さん。今後は機材をさらに充実させ、屋外でも展開していけたらと、手応えを語ってくれた。

 

 

会場には着ぐるみやラフなスタイルで参加していた若いスタッフの姿も。彼らの多くは愛知PFS協会のボランティアで、現役の学生さんらが自主的に活動に協力しているという。

 

「いま大学4年生です。去年の6月からお手伝いに入っています。同世代の人たちが対象なので、初めは気軽に声をかけられそうと思いましたが実際には話しかけてもスルーされることが多く、ナンパと間違えられたりもしますね(笑)。傷つくこともあるけど、どうやって声をかけたらいいのだろうと考え、今ではコミュニケーションの取り方を工夫することも楽しめるようになりました」

 

同世代だからこその難しさを痛感したと話してくれたボランティアの今泉さん。試行錯誤の中で見つけた答えは、

 

「街の中でいきなり〝僕たちこんなことやってます!〟って呼びかけても怪しいし相手は引いちゃう。まずはちゃんと〝こんばんは!〟ってあいさつをすることが大事だなって気づきました。チルの日だけじゃなくて、普段、街を歩いている時も、そこにいる人たちのことを気に掛けるようになりました。何か悩みを抱えているとか関係なく、純粋に人が好きになれた気がします」(今泉さん)

 

 

最後に愛知PFS協会の常務理事・大山娃里さんにお話しをうかがった。

 

――6月から続けてこられた「チル」への反響や手応えは?

「チルをスタートした時にはどのくらい需要があるのか予想がつかず、いつまで続けられるのかもわかりませんでしたが、参加してくださる方たちも増えてきて、求めていただけているんだという実感を感じ始めていました。そこに今回このような機会をいただけてとても嬉しく思っています」

 

――PFSのみなさんは、チル開催日以外にも街の子どもたちに目を向け、必要に応じて声をかけるなど地道な活動を積み重ねているとのことですが、目に見えないその活動がとても重要なのではないでしょうか。

「私たちの活動は基本的にはクローズな状態で行っていて、良い意味で社会から守られているとも言えます。一方で行き場のない子どもたちが、どうすれば私たちのような活動に出会えるのか、このような場所にたどり着けるのか分かりづらい状態にもなってしまう。このようにオープンな場を継続して作ることは、日常的に街で声をかけることと同じくとても重要だと感じています」

 

――アートとのコラボ企画については?

「私たちが出会う子どもたちの中には、絵が得意であったり音楽が好きという子がすごく多いんです。私たちだけではそういう特性や興味をどう生かせばいいかわからないので、こうしたオープンなスペースで誰もが気軽にアートに触れ合える仕掛けがあるというのはとても素晴らしいですね」

 

――他団体と連携することで、普段できないことができたり活動の幅が広がるのもメリットの一つと言えそうです。

「そうですね。民間団体の力だけでは自由に使うことの難しいこのような場所でできたことも良かったですし、行政の方たちがともに取り組んでくださっているという安心感はとても大きいです。民間ならではの柔軟性と行政の安心感、信頼感、その両面があることが重要だと思います」

 

――今後について。

「できれば今後もぜひ続けたいですね。開催時期なども再検討して、より良い形で継続できれば」

 

心から安心して過ごすことのできるひとりひとりの〝居場所〟は、本来、誰もが無条件に、平等に与えられるべきものであり、特に子どもたちにとってのそれは、家庭や学校といったごく身近なコミュニティが担うことが理想なのかもしれない。しかし現実には、さまざまな事情で家庭に居場所がなかったり、他人にしか話せない複雑な悩みを抱える子どもたちも少なくない。身近に安心できる〝居場所〟がない子どもたちに対して、大人である私たちが日頃から目を配り、手を差し伸べることが重要だが、そこに押し付けがましさや威圧感があってはかえって子どもたちの心を傷つけかねない。言葉を尽くし、親切を押し売りすることよりも、ただ黙ってありのままを受け入れ、同じ時間を共有する。それは簡単なようで実はとても難しいことなのだと感じた。

 

作品を通して心の内を表現するアーティストたちの、常に自己や社会と向き合い、自分はどうあるべきかを考えながら創作に取り組む姿勢には、表面的な言葉を超えた説得力や共感の力がある。芸術表現がそもそも根源的な人間性の発露といえる活動だからこそ、適度な距離感を保ちつつ、子どもたちの心に無理なく寄り添うことができるのではないだろうか。

 

社会福祉に携わる団体と現代アーティスト。一見、異質な組み合わせだが、それぞれの活動を通じ社会問題へのアプローチを図ろうと努める真摯な姿勢や精神には、互いに共通するものや共感し合うものは多い。初の試みとして実験的に行われた「アートでチルする?」から、そんな大きな可能性を感じることができた。

 

 

(写真:三浦知也)