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2025.1.29
【2024年度助成レビュー】鈴木一絵「なごやのハラルフードを深堀りするアートプロジェクト」
文:能勢陽子(キュレーター/美術批評)
クリエイティブ・リンク・ナゴヤの2024年度助成プログラムのうち、「社会連携活動助成」で採択された事業の模様を、6回に渡ってご紹介します。今回は能勢陽子さんによるレビューです。
【社会連携活動助成A】
助成事業名:「なごやのハラルフードを深堀りするアートプロジェクト」
実施者名:鈴木一絵
活動領域:美術
連携先の分野:観光、国際交流
実施日:2024年12月7日(土)~2025年2月9日(日)
会場:Q SO-KO
※2025年2月9日(日)、Q SO-KOにてクロージングトークイベント「アーティストの出身地・ナラーティワート県とタイ深南部について」を開催します。詳細やご予約はこちらからご確認ください。
■ 能勢陽子 キュレーター/美術批評
プラット・ピマーンメーン「名もなき宇宙船は夢のかけらを運ぶ」SEASUN(Q SO-KO)
名古屋にハラルフードを提供する飲食店がいくつもあることを、ここに住む私たちは知っているだろうか。そもそもハラルフードとはなにかを、知っているだろうか。マレーシアに近いタイ南部のナラーティワートで活動するプラット・ピマーンメーンは、鈴木一絵が東南アジアの現代美術と文化を紹介すべく自身で立ち上げたプロジェクトSEASUNの招きにより、一ヶ月名古屋に滞在した。そして、この地でハラルフードのリサーチを行い、作品を発表した。
ハラルフードとは、イスラム教の戒律で食べてもよいとされている食事のことである。ムスリムが多く住む地域ではハラルのマークを目にすることはあるものの、日本でその表示を見かける機会はまだ少ない。それでも気づかなかっただけで、名古屋にもハラルフードを提供する店が結構あるようなのだ。「ハラル」とは、アラビア語で「許されている」ことを意味するという。イスラムでは豚とアルコールの飲食が禁じられているほか、豚肉以外でも祈りながら屠殺した肉しか食べてはいけないなど、細かな決まりがある。イスラム教徒にとって、ハラルでないものを食べることは、神にも背く罪に等しい。たとえそれが私たちの生活にはない習慣だとしても、異なる文化で暮らす隣人について知り、それを尊重し配慮することは、とても重要である。
食を介せば、伝統や文化、社会、さらに個々人のアイデンティティーが浮かび上がってくる。タイは仏教国として知られているが、イスラム教徒が多く住むタイ深南部出身のピマーンメーンはムスリムである。今回のリサーチでは、自らの出自に繋がるハラルフードを介して、ナラーティワートと名古屋のローカルとローカルを繋げ、周縁から私たちの足元に広がる世界を照らし出すことを試みた。どんな店がいつ、どこにでき、そこにどのような人たちが集っているかを知ることは、時の推移のなかの人々の移動や、さらに大きくそれぞれの国の歴史を辿ることにもなる。作家と協力者は、まず名古屋のモスクに出かけ、トルコ、パキスタン、スリランカ、バングラデシュの人たちと知り合い、彼らにインタビューをしながら、ハラルフードの調査を進めていった。
そうしてできた作品のタイトルは、《名もなき宇宙船は夢のかけらを運ぶ》である。三角形を組み合わせてできたドーム状の構造体の内側には、ハラル料理を撮影した映像がいくつも映し出されている。鏡張りになった内部には、調理の様子が万華鏡のように反射している。作家によると、ドームはモスクや宇宙船のイメージだという。その傍らには、言葉が刻印されたアルミ板が水平に吊り下げられており、あたかもこのハラル宇宙船のゴールデンレコードのようである。ボイジャー探査機に搭載された地球外知的生命体に向けたメッセージのように、アルミ版に刻まれた言葉は訪れる人たちの解読を待っている。点字のように刻印され容易に判読できない言葉たちは、名古屋のムスリムのコミュニティの存在を、外に向けて知らせる。そこに並ぶのは、「理解するために学ぶ」、「夢のかけら」、「生き方」、「チャンスへの扉」といった、肯定的な言葉ばかりである。
普段街中でムスリムを含む様々な外国人を見かけても、私たちが言葉を交わす機会はほとんどない。そして、故郷から離れ、文化も言語も慣習も異なる地で暮らす体験はどのようなものかと、そっと彼らに想いを馳せる。ピマーンメーンの作品は、日々の生活でなかなか交わることのない隣人の言葉を届けてくれる。作家はQ SO-KOで開催されたトークで、「人は常により良い世界を目指していくものではないか」と語っていた。故郷の味を引き継ぎながら、異なる文化に出会うことで新たな味が生まれ、それがその地に暮らす人々のアイデンティティーにもなっていく。出身国の数だけ異なるオリジンを持つ多様な名古屋のハラルフードを抱いた宇宙船は、文化の伝承と融合に夢のかけらを搭載して、未来に向かって進んでいく。
(写真:三浦知也)
■ 鈴木一絵さんへの事前インタビュー記事もあわせてご覧ください。