【2024年度助成レビュー】矢田義典(Communis代表)「Plant It Green!」文:清水裕二(愛知淑徳大学教授) | つながるコラム | クリエイティブ・リンク・ナゴヤ

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2025.4.14

【2024年度助成レビュー】矢田義典(Communis代表)「Plant It Green!」
文:清水裕二(愛知淑徳大学教授)

アーティスト村上慧氏による落ち葉の発酵熱を使った「足湯」

 

クリエイティブ・リンク・ナゴヤの2024年度助成プログラムのうち、「社会連携活動助成」で採択された事業の模様を、6回に渡ってご紹介します。最終回は清水裕二さんによるレビューです。

 

【社会連携活動助成A】
助成事業名:「Plant It Green!」
実施者名:矢田義典(Communis代表)
活動領域:美術、デザイン、建築
連携先の分野:まちづくり、国際交流、教育
実施日・会場:
[セミナー] 名古屋国際センターもしくはオンライン 2025年1月17日(金)『風景を読み、生きるを考えるー京都/岐阜の調査から』(惠谷浩子)、 2025年1月25日(土)『グリーンインフラ:歴史・自然・文化の結晶である社会の冨〜社会的共通資本としての緑地〜』(石川幹子)、 2025年2月24日(月/祝)『庭に学ぶ、生活の美学 ジル・クレマンの動いている庭』(エマニュエル・マレス) [ワークショップ] 『落ち葉の発酵熱を使った「足湯」をつくる』(村上慧) 2025年2月8日(土) 名古屋市西区那古野一丁目18―2 [映画上映会、シンポジウム] 名古屋国際センター 2025年3月 1日(土)13:00〜17:00

公式WEBサイト:Plant It Green! 公式サイト

公式Instagramアカウント:@communis_pig

 


 

■ 清水裕二 愛知淑徳大学教授

 

建築家矢田義典氏が代表を務める団体Communisが主催するプロジェクト「Plant It Green! – 都市の緑を「コモンズ」の視点から考え直す! ‒」は、経済学者宇沢弘文氏の「公共財と自由財の境界に位置するものを庭としてとらえる」という言及から出発し、都市における公園、庭といったグリーンインフラをベースに社会的共通資本(コモンズ)について考えようという企画である。音楽好きならピンとくるであろうが、タイトル「Plant It Green!」はローリングストーンズの名曲「Paint It Black」が元ネタであり、副題にも「都市の緑を『コモンズ』の視点から考え直す!」と!が二つもついていることからも主催者のロックな意気込みが感じられる(略語でP.I.G.なのもジョン・ライドンっぽい)。

 

Communis代表 矢田義典氏

 

「Plant It Green!」は4回にわたるセミナー、ワークショップを経て、3月1日に名古屋国際センターにおいて映画『動いている庭』上映会、シンポジウムが行われた。会場は席がほぼ埋まる盛況ぶりで、人々の関心の高さが窺えた。映画『動いている庭』は同名の著書を持つフランスの庭師ジル・クレマンの日本における講演活動と、クレマンの自邸の庭「谷の庭」を記録したドキュメンタリーである。そこでは、「動いている庭」「惑星という庭」「第三風景」といった彼の思想が語られ、その実践としての「谷の庭」での振る舞いが捉えられている。

 

映画上映会、シンポジウムが実施された名古屋国際センター第一会議室

 

「動いている庭」は、「できるだけあわせて、なるべく逆らわない」という哲学のもと、自然の流れ(風、虫、人を含んだ動物など)によって運ばれた種子が芽吹き、植物が移動することをある程度許容し、人間の通り道などはそれによって変化してよいといった作庭の態度で、庭の概念に新たな風を吹き込んだ。伝統的な日本庭園や西洋式庭園のように庭師によって完璧にコントロールされた庭に対し、近代以降多くの自然を破壊してきた人間中心的思想の反動として手付かずの自然を崇拝する自然原理主義的な態度(自然と人間の対立)をその対極とすると、クレマンはその中間を目指しているといっていいだろう。そこには人間も自然の一部(生き物)であり、その関与を否定しないという考え方がある。実際、手付かずの放置された農地や山林(荒れ地)よりも人間の手が入った田畑や里山の方が多様性を持った生態系を維持できるそうだ。

 

澤崎賢一監督『動いている庭』上演

 

批評家の宇野常寛は著書「庭の話」の中でクレマンの「動いている庭」を参照し、人間間の相互評価のゲームに陥ったSNSのプラットフォームとそれによって多様性を失い閉塞した社会に対し、外部に常に開かれ完全にコントロールできない、それ故に豊かな多様性をもつ「庭」のような場の必要性を説いている*。そこでは生態系に「かかわる」ことはできても「支配」することはできないという人と環境の「かかわり方」が問われている。近代以前日本中に見られた里山のような風景をただノスタルジックに懐かしむのではなく、我々は現代の都市において庭のような多様性をはらんだコモンズをいかにして作ることができるのだろうか。

 

澤崎賢一氏

 

エマニュエル・マレス氏

 

後半のシンポジウムでは、それまでのセミナー、ワークショップの概要が説明され、映画『動いている庭』を監督した映像作家の澤崎賢一氏から撮影の経緯が語られ、映画にも登場した庭園研究者エマニュエル・マレス氏からジル・クレマンの思想について解説があった。続いてアーティストの村上慧氏から落ち葉の発酵熱を利用した足湯のワークショップについて報告があり、最高56.9℃まで発熱し、寒い中近所でも好評とのことであった。次に造園学を専門とする惠谷浩子氏から自然と人の営み、生業がつくる文化的景観についてお話があり、最後にランドスケープデザイナーの石川幹子氏から「神宮外苑再開発の構図」と名古屋の久屋大通公園について報告があった。ニュースでも取り上げられてきた神宮外苑の再開発は、そこを利用する市民不在のまま地権者と民間資本によって複雑な法的スキームが綿密に組み上げられた。市民は唐突に社会的共通資本である緑を奪われ、超高層ビルが立ち並ぶ風景を強いられることになる。NYのセントラルパークが「民主主義の庭」と呼ばれたのに対し、さしずめ「資本主義の庭」とでも呼ぶべきだろうか。参加者の中でも、開発プロセスをいかにオープンにするのか、そこに市民のかかわりをどうつくっていくべきか議論がなされた。また、開発プロセスだけでなく、その後の維持管理への住民やコミュニティーの「かかわり方」の重要性も指摘された。石川氏の講演でも取り上げられた世界最古のグリーンインフラである中国の林盤は、農業用水の管理とコミュニティーの単位が結びつき、インフラの規模によって、国、自治体、地域コミュニティが役割分担しながら2300年続いてきたという。他にも市民が「自分の森」だという意識を持って管理に主体的にかかわる帯広の森の事例も挙げられた。村上氏が切られた近所の桜に痛みを覚えたエピソードで語ったように、いかに自分と緑とのかかわりを感じられるか(自分ごとにできるか)、そこにも持続可能なコモンズのヒントがありそうである。

 

村上慧氏

 

惠谷浩子氏

 

石川氏からは「名古屋はまだ間に合います」という発言が何回もあった。我々はその言葉にどう答えていくのか、大きな宿題をいただいた。

 

石川幹子氏

 

 

* 宇野氏は同書の中で「庭」を共同体による自治を必要とするコモンズとは異なるオルタナティブな場として描いている。

 

(写真:今井隆之)

 


 

■ 矢田義典さんへの事前インタビュー記事もあわせてご覧ください。

採択事業者インタビュー⑤ 矢田義典(Communis代表)「Plant It Green!」