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2026.1.9
【2025年度助成レビュー】株式会社SAFEID「!⇄!(インターチェンジ)」文:半田将仁(文化芸術×社会包摂コーディネーター/可児市文化創造センターala)

「!⇄!(インターチェンジ)」会場入口 写真:筆者
クリエイティブ・リンク・ナゴヤの2025年度助成プログラムのうち、「社会連携活動助成」で採択された事業の模様を、6回に渡ってご紹介します。第3回は半田将仁さんによるレビューです。
【社会連携活動助成A】
事業名|「多様性を包括する市民参加型 クリエイティブワークショップ、!⇄!(インターチェンジ)」
採択者名|株式会社SAFEID
活動領域|福祉
連携先の分野|美術、音楽
実施日・会場|2025年11⽉28日(金) 17:00〜21:00、29日(土) 12:00~20:00 ⾦城市場(北区)
Instagram|@inter._.change / LIVERARY|FEATURE(特集記事)
■ 半田将仁 文化芸術×社会包摂コーディネーター/可児市文化創造センターala
支援から「交感」へ。役割がゆらぐ空間での出会い
「!⇄!」。 このタイトルを初見で読める人は、おそらくいないだろう。 文字化けでも、システムエラーでもない。これは、ある実験的な試みの名称だ。「インターチェンジ」と読む。
2024年秋、名古屋市北区の金城市場で初めて開催されたこのイベントは、株式会社SAFEID(セーフアイディ)が主催した、多様性を包括するプロジェクトだ。2年目を迎えた今年は、2025年11月28日、29日の二日間にわたり開催された。
主催者の加藤海凪氏は、「障害者支援」という文脈で語られがちなこの場を、あえてその言葉で定義しない。「支援」ではなく「インターチェンジ(相互通行)」であること。その意図は、会場に一歩足を踏み入れた瞬間に、肌感覚として理解できた。
そこには、福祉イベント特有の「支援する側/される側という上下関係」や「堅苦しさ」は皆無だった。あったのは、良い意味での「どうでもよさ」と、心地よいノイズ。本稿では、主催者へのインタビューと当日の体験を通じて、この「!⇄!」が現代社会に投げかけた問いと、その可能性を紐解いていく。
1.「読めない」から始まる、レッテル剥がし
今回の会場となった「金城市場」は、単なるレトロな観光スポットではない。 この場所は、昭和30年開業の木造平屋建て市場で、2022年にはテナントが精肉屋1件のみの状況だった。そこを相続した小田井孝夫・康子夫妻が中心となって2022年ごろからカルチャー系のイベントを開催している。また小田井夫妻が他にも所有する空き家の入居者を募集する「AKIYA LOOK BOOK」という手作りの冊子をきっかけに、近辺に在住するアーティストの鷲尾友公氏や、コロッケ屋や古書店など、文化的な人材が集まり、様々な人の創意工夫で盛り上がりを見せている清水近辺の、象徴的な文化スポットだ。
イベントタイトルの「!⇄!」は、ともに企画をおこなったLIVERARY武部敬俊氏との話の中で生まれた。ここには二つの意味が込められているという。一つは、視覚的なインパクト。「!」は驚きや発見を、「⇄」は双方向の矢印を表す。そしてもう一つは、「読めない」こと自体に意味がある。
「障害のある人も、ない人も、誰も読めないタイトルなら、スタートラインは平等ですよね」
インタビューの中で加藤氏はそう語った。確かに、言語的な意味付け(ラベリング)は、時に分断を生む。「障害者支援イベント」と銘打てば、そこには「支援する側/される側」という不可視の境界線が引かれてしまう。しかし、「!⇄!」という記号の前では、誰もが「これは何だろう?」と首をかしげる一人の参加者になる。 通りがかりのおばあちゃんも、感度の高い若者も、車椅子の青年も、等しく「これは何だ?」と足を止める。その瞬間、社会的なレッテルは剥がれ落ち、ただの「好奇心を持った一人」になる。このセンスのある仕掛けこそが、この場の空気を体現していた。
金城市場の中に足を踏み入れると、そこにはゆるやかな雰囲気が漂う。昭和の空気を色濃く残す木造アーケードの下で、障害のある人もない人も、アーティストも近隣住民も、文字通り「ごちゃ混ぜ」になり、思い思いの過ごし方をしていた。出店ブースには、障害福祉事業所のアート作品やグッズが並ぶが、いわゆる「チャリティーバザー」の雰囲気は皆無だ。隣では地元の人気ピザ屋が良い匂いを漂わせ、その奥ではDJがビートを刻んでいた。
最も印象的だったのは、役割のゆるやかさだ。金城市場の、あの少し薄暗くも温かいアーケードの下では、誰がスタッフで、誰がゲストで、誰が障害者で、誰がお客さんなのか、境界線が曖昧になる。
社会学では、私たちが日常で演じる「役割」を舞台になぞらえることがある。しかし、ここではその役割が固定された舞台設定が、軽やかに解体されていた。スタッフは接客をしながらも来場者と雑談し、障害のある参加者は「支援される人」ではなく似顔絵を「提供する人」になり、私のような来場者は「観察する側」から「描かれる側」へと役割が流動する。この「役割の流動性」こそが、「インターチェンジ」の核心だった。
会場に入り、ユニークなデザインのシャツやバッグ、クッションやキーホルダーなどの雑貨を眺めながらスタッフの方と話をしたり、似顔絵ブースで描いてもらったり、ライブを聴いたり、ただゆらゆらと過ごす。その過程で、私は何度か「される側」と「する側」を行き来した。

「!⇄!(インターチェンジ)」の様子① 金城市場の外観 写真:筆者

「!⇄!(インターチェンジ)」の様子② 出展ショップ 写真:相模友士郎

「!⇄!(インターチェンジ)」の様子③ GOFISHのライブ 写真:相模友士郎

「!⇄!(インターチェンジ)」の様子④ 似顔絵コーナー 写真:筆者

夜にはサブ会場のSUNSHINE UNDERGROUND CURRENTにて『音の行方』の映画上映もあった。 写真:相模友士郎
2.「予期せぬ調和」を受け入れる空間
イベント中、象徴的なシーンがあった。 DJやアーティストがパフォーマンスをするステージに、ひとりの障害がある参加者がふらりと近寄っていったのだ。奇妙な被り物をしたその人は、タイムテーブルには存在しない「予定外のパフォーマー」でもあった。
一般的なイベント運営であれば、スタッフが慌てて制止に入るところだろう。しかし、ここでは違った。その人は、まるで最初からそのパフォーマンスの一部であったかのように、音楽に合わせて体を揺らし、DJブースの隣に居続けた。観客もまた、それを「ハプニング」ではなく「予期せぬ調和」として受け入れ、その場の雰囲気を楽しんでいた。
「普通ならできないけど、『なんか面白い』で済ませられる。その状況がすごく好きなんです」と加藤氏は笑う。
予定調和を崩すこと。ノイズを排除せず、グルーヴの一部として取り込むこと。そこには、「障害者だから許容する」という慈悲の気持ちではなく、「面白いから受け入れる」という、極めて文化的でフラットな判断基準があった。これこそが、加藤氏が目指した「インターチェンジ」の在り方だろう。
お互いの矢印(⇄)が交錯すれば、多少の摩擦や予定外のことも起きる。しかし、その出会いを「!」(驚き)として楽しむ空間づくりへの思いが、この会場には溢れていた。
3.ファッションが溶かす「支援」の境界線
SAFEIDはもともと、知的障害者のためのファッションを提案するプロジェクトから始まっている。「機能性ばかり重視され、オシャレを諦めている現状を変えたい」という加藤氏の原体験がベースにある。 今回のイベントでも、その哲学は色濃く反映されていた。
会場の一角で販売されていたアパレルグッズ。そこには、加藤氏の弟(知的障害がある)が書いた文字がプリントされた服や、プロのデザイナーとコラボレーションしたグッズが並んでいた。 印象的だったのは、それらを手に取る若い参加者たちの反応だ。「支援のために買う」という気負いは微塵もない。「かわいい」「デザインがいい」――そんな純粋な動機で、店員とお客さんが交流し、アイテムが売れていく。
特に印象的だったのが、名古屋・浄心の人気タイカレー食堂『YANGGAO(ヤンガオ)』とコラボして制作されたボーダーシャツだ。


販売されていた「ボーダーが次第に消えていくシャツ」 画像提供:加藤海凪
下部にはノコギリ状で、どこか断絶を感じさせるような横縞が描かれているが、上部へ向かうほどにその境界はだんだんと溶け合っていくようなデザイン。このシャツは、まさにこのイベントの核心を見事に視覚化していた。支援と被支援、健常と障害、アーティストと観客——社会にあらかじめ引かれた「断絶」としての境界線が、ここではグラデーションのように溶け合い、ひとつの色彩へと繋がっていくのだ。
「弟が書いた文字を、アーティスト目当てで来た若者が『かっこいい』と言って身に着ける。それこそがインターチェンジだと思うんです」
加藤氏の言葉通り、ここでは「消費」という行為さえも、福祉的な寄付ではなく、感性の交換(トレード)として成立していた。


弟さんが書いた文字などをデザインした服 画像提供:加藤海凪
参考サイト「Good Broken Charm」
4.「SAFEID」——安心と個性のゆくえ
インタビューの終盤、社名である「SAFEID」の由来について尋ねた。「Safe(安心)」と「ID(Identity=個性/Idea=発想)」を組み合わせた造語だという。
「とげとげしい言葉は好きじゃないんです。柔らかく、でもかっこよく守りたい」
加藤氏の話を聞いていて感じるのは、彼女が「社会起業家」や「活動家」という肩書きに、ある種の居心地の悪さを感じているということだ。「社会課題の解決」や「インクルーシブ社会の実現」といった大きな言葉(大文字の言葉)を掲げることに、彼女は違和感を持っていると感じる。
「若手起業家として大層なことを求められがちだけど、本当はもっとフラットに、ただ面白いことが起こればいいよね、というテンション感なんです」
彼女が理想とするのは、かつて家族で訪れた音楽フェス「フジロック」の光景だという。大自然の中で、音楽に身を委ねる時、そこには社長も学生も、健常者も障害者もいない。ただの「音楽好き」として、自然に包み込まれ、音楽にまみれて笑い合う。 「お父さんがはしゃぎすぎて財布を無くして怒られたり、弟よりお父さんの方が変だったり(笑)。立場がぐちゃぐちゃになるあの感じが好きなんです」
今回の「!⇄!」は、まさにその「立場がぐちゃぐちゃになり、役割がゆらぐ空間」を、日常の延長線上にある「金城市場」に再現しようとする試みだったのではないか。
5.「どうでもいい」というありのままの肯定
イベントの後、ある参加者が「ぼーっとできるのが心地よかった」と話していたのが印象的だった。 私も同感だった。会場に満ちていたのは、「障害者を理解しよう」という力みではなく、「まあ、いろんな人がいるよね」という、良い加減で、温かい放任主義だった。
ここには、従来の福祉が前提としてきた「ケアする側/される側」という固定的な関係性がない。ケアとは一方向の行為ではなく、実は双方向の営みであり、支援される人もまた支援する人に何かを与えている。私が似顔絵を描いてもらい、その自由な筆致に心を動かされたように。DJが、そして観客が予期せぬパフォーマーとの「共演」を楽しんだように。この空間では、誰もが「ケアし合う存在」だった。
加藤氏は、自身がコーディネーターとして奔走したにもかかわらず、「私は当日準備や対応以外、特に何もしなかった」 と語る。 「アーティストや出店者を選ぶときは、直感で『この人なら変なことも面白がってくれる』という人を選びました。人と人の組み合わせや、会場、アーティストを選んで場づくりの土台を作ったら、当日はお客さんの新しい出会いや偶然の化学反応を見ていただけです」
企画協力のLIVERARY武部敬俊氏と共に、異なるコミュニティ(武部氏が持つアートの文脈と、SAFEIDが持つ福祉の文脈)を接続し、あとはその場のグルーヴに任せる。その結果生まれたのが、誰もが肩の荷を下ろせる「どうでもいい(=ありのままでいい)」空間だったのだ。
選択肢としての「インターチェンジ」
現代社会において、「多様性」という言葉は少し手垢がつき始めている。企業や行政が掲げるSDGsのスローガンとして消費され、どこか窮屈さを感じることもある。 しかし、SAFEIDが仕掛けた「!⇄!」は、そうした政治的な正しさとは無縁の場所にあった。
障害のある人にとって、休日の過ごし方は限られている。「ガイドヘルパーと散歩」とか「施設でのレクリエーション」とか。そこに「フェスで知らない人と踊る」や「イケてる服を買いに行く」という選択肢は、まだ少ない。 加藤氏が目指すのは、そんな「当たり前の選択肢」の一つとして、このインターチェンジが存在する未来だ。
「『インターチェンジ』で創られるような『共生社会の縮図』をたくさん創りたい」
その大きなビジョンに向けた第一歩は、高らかな宣言ではなく、昭和の空気を色濃く残す木造アーケードの片隅で起きた「笑い声」と「混ざり合い」の中に、確かに刻まれていた。 この場所では、支援の矢印は一方通行ではない。参加した私たちもまた、彼らの自由な振る舞いに「!」(驚き)をもらい、凝り固まった多様性の捉え方を書き換えられたのだから。
文字通り、誰もが「インターチェンジ」した二日間。 次にこの矢印がどこへ向かうのか、東京や他都市への展開も含め、SAFEIDの次なる実験から目が離せない。
■ 株式会社SAFEIDの代表、加藤海凪さんによる「!⇄!(インターチェンジ)」の紹介記事もあわせてご覧ください。
2025年度助成採択事業紹介④ 株式会社SAFEID「多様性を包括する市民参加型クリエイティブワークショップ、!⇄!(インターチェンジ)