調査研究
インタビュー
舞台芸術
2026.2.10
【調査研究】名古屋の文化芸術を支える人たち vol.8 佐和ぐりこさん

名古屋で鑑賞できる美術、音楽、演劇などの文化芸術に関連し、美術家、演奏家、舞踊家などの表現者や、美術館、文化施設、教育機関の企画者などに関する記事等は数多くありますが、イベントやプロジェクトを支えるマネジメントの担い手の紹介はそれにくらべると多くはありません。本調査では現在、名古屋の重要なプレーヤーとなっている方々の経験談から、文化芸術活動へのヒントを発見していただければと思います。
第8回 インタビュー: 佐和ぐりこさん

撮影:リア制作室
<プロフィール>
舞台制作。劇団「オレンヂスタ」主宰・プロデューサー。1984年、愛知県阿久比町生まれ。名古屋大学文学部文学科美学美術史研究室在学中に「名古屋大学劇団新生」に入団し演劇を始める。卒業後は広告制作事務所に就職し、広告プランナーとして勤めながら、ニノキノコスターと共に劇団「オレンヂスタ」を2009年に旗揚げ。以降、同劇団の全作品のプロデューサー・制作を担当している。2016年以降は舞台制作に専念し、現在は公演制作をはじめフェスティバル運営や宣伝美術まで、名古屋以外の地域も含め、舞台制作全般で幅広く活動する。2019年度より愛知人形劇センター理事も務める。
<職種紹介>
舞台制作。演劇などの舞台作品が観客に届くまでのすべてを支えている。自分の得意分野を活かしながら、作品と社会をつなぐ役割を担っていけるのが魅力。特に資格がなくても始められる一方、調整力やコミュニケーション能力、トラブルに対応する柔軟性など、“人・物・事”と向き合う際の誠実さが必要。好奇心を持ち続け、観客の視点を忘れないことが成長につながる。
さまざまな現場へ、広がり続ける「制作」の仕事
名古屋を拠点にしながら、複数のプロジェクトに取り組んでいます。
まず、自身が主宰・制作として関わる劇団オレンヂスタの活動があります。定期的な公演の企画・制作に加え、広報、チラシ制作など、劇団運営全体を担っています。愛知人形劇センターでは理事・事務局として「ひまわりホール」の運営を担当し、人形劇やオブジェクトシアターの分野にも関わるようになりました。2025年は海外アーティストを招聘しワークショップを開催するなど、新たな人形劇表現の創造普及にも力を入れています。
名古屋以外では、静岡のストリートシアターフェス「ストレンジシード静岡」に初回の2016年から毎年運営に携わっています。また、豊橋にある穂の国とよはし芸術劇場PLATでは、主催事業の制作助手や劇場事務所での業務を継続的に受けたり、平田オリザさんがディレクターを務める兵庫の「豊岡演劇祭」では、4年くらい票券スタッフとしてチケット業務を担当しています。
全国各地で出会った方々からの紹介で新しい仕事が広がり続けているのが現在の状況です。

愛知人形劇センター主催 アリエル・ドロン オブジェクトシアターワークショップ
学生演劇から二足の草鞋を経て「プロ」の道へ
演劇は大学のサークル「名古屋大学劇団新生」で始めました。そこで出会った仲間たちが、後にオレンヂスタのメンバーにもつながっています。
高校時代からTVドラマで知った宮藤官九郎さんや三谷幸喜さんの脚本や彼らがやっている演劇に興味はあったものの、高校には演劇部がなくて。私は4人兄弟の末っ子で、デザインやファッションの道に進んだ兄たちの影響で、幼い頃から物語の世界や絵を描くことが好きでした。
大学では美学美術史を専攻しました。サークルでは役者として出演もしましたが、兄のデザインソフトを借りてのチラシ作りや、今の「制作」の仕事のような裏方の面白さに惹かれてのめり込んでいきました。
演劇のチラシ作りから広告制作の仕事に興味を持ち、卒業後は広告制作会社に就職しました。小規模な会社でしたが、広告制作の進行管理やディレクションを担当して、社長も私が演劇をやっていることを面白がってくれていました。当時の仕事での経験は今の業務にも活かされています。
就職して2年ぐらい会社の仕事に専念していたんですが、2009年に劇団「オレンヂスタ」を旗揚げました。大学時代から脚本・演出を担当し、当時名古屋で一緒に暮らしていたニノキノコスターに「そろそろ演劇やらない?」って私が声をかけました。いつか、またやりたいなという気持ちがあったんです。会社勤めを続けながら年数回の公演を行い、続けるうちに舞台制作やチラシ制作を外部から依頼されることも増えていきました。
2012年に参加した「Next Producer Camp in松本」は大きな経験になりました。演劇制作やプロデューサー、アートマネジメントを志す20代を対象にした集中講座で、ナビゲーター役の演劇プロデューサーらと全国から集まった同世代の制作者らが共に過ごし、ワークショップや講義、ディスカッションなど様々なプログラムを通して演劇や制作のあり方を模索する合宿でした。そこには地方公立劇場や興行会社に勤めている人、大学で専門的に学んだ人、私のようにアマチュア演劇の人もいて、ひとくちに演劇といっても様々な世界があるんだと実感しました。
この時に出会った人たちとは今でも仕事でつながっていて、制作を続けていくうえでの支えになっています。
そして現在につながる決定的な契機となったのが、2015年秋から翌年にかけて実施した3劇団合同ツアー『対ゲキだヨ!全員集合』です。オレンヂスタと仙台の劇団短距離男道ミサイル(現在のMICHInoX)、大阪のコトリ会議で、40分ずつ3作品上演するパッケージを5都市(仙台、新潟、愛知、大阪、東京)で開催しました。
合同ツアーなので各団体から制作担当者を立てて業務を分担しましたが、他2団体の制作は出演も兼ねており、どうしても本番期間中は出演を“兼ねない”私が受付などの制作業務を一手に引き受けることになります。ただ、3週間連続で公演している最中にも勤め先の電話に対応しなくてはならず…その前から演劇関係の仕事が増えてきていて、そろそろ本腰を入れたいなという気持ちもあったので、「もう両立は無理だ」と思って会社を辞めました。
大学サークルから始めて、プロとして組織に所属したり師匠についたりする機会はなかったんですが、様々な現場でアドバイスをいただいたり、見ながら学んだり覚えたりして、独学で制作の経験を積み重ねていきました。

「対ゲキだヨ!全員集合」オレンヂスタ『新興宗教ワタシ教』
制作の仕事は、舞台上で起こること“以外”全部
日本で、特に地方で舞台制作がちゃんとした仕事になるのって、劇場や事業団のような組織に所属している方なんですね。フェスティバルも有期雇用で、インディペンデントなプロデューサーとして活躍していくのはなかなか難しい。ましてや名古屋で「フリーで制作だけで生計を立てている人」はほとんどおらず、多くの人に心配されました。
舞台制作の仕事は「舞台上で起こること“以外”全部」と大先輩のプロデューサーに言われたときはショックでしたね。そう言われるほど領域が広く、制作の重要性を表しているのですが、すべての業務を担わなければならないプレッシャーにより、制作者の疲弊も招きかねません。私自身も仕事が多岐にわたっており、一口に舞台制作と言っても、公演制作、劇場運営、フェスティバル運営、票券、広報、チラシ制作、稽古場管理、当日運営など、様々な役割を担ってきました。特に名古屋のような地方では、「何でもやる」状態になりやすいです。これは強みでもある一方、若い人に同じやり方を勧めるのは難しいと感じます。もう少し言語化して職能を切り分けていきたいですね。
逆に言えば、制作の仕事は様々なタイプがあるので、その中で自分に向いているものを選択できます。どの業務も作品や劇団を社会に受け入れてもらえるように、作品と観客、アーティストと社会をつなぐ“調整役”としての力は求められますが、演劇や舞台のクリエイションにもっとも近い場所でどんな人でも関われるポジション。多様な経験や価値観を活かすことができると思います。
演劇や舞台公演が「不要不急」と言われたコロナ禍を経て、各種ガイドライン作成や公演実施の判断、ハラスメント対策など、制作の重要性が見直されるとともに、社会的責任がより重くなりました。近年はON-PAM(舞台芸術制作者オープンネットワーク)や2020年5月に発足したJPASN(⼀般社団法⼈緊急事態舞台芸術ネットワーク)など、制作者や劇団同士のネットワークができて、連携しながら情報共有し、心身の疲弊を防ぐ動きも広がっています。

ストレンジシード静岡2024「おしゃべり会for地方制作者vol.6」の様子(協力:ON-PAM)
演劇の可能性が広がるように
演劇作品を観に行くことがモチベーション維持になりますね。生身の人間が目の前で演じる演劇だからこそ得られる観劇体験があると感じます。目の前で、いまこの瞬間にしか起こらないから、心を動かされるのかもしれません。世の中にはこういう面白い作品があって、それをまだ知らない人たちに届けたい。その舞台に出会ったことで自分がちょっと救われた気持ちになる、生きやすくなった気がする、そういうものにまだ出会ってない人にどうしたら届けられるか。
最近は海外と関わる仕事が増えてきました。愛知人形劇センターでの海外アーティスト招聘を担当したり、ストレンジシード静岡では、ストリートシアター作品を世界へ発信するプロジェクトが始まりました。また、JPASNが行う、エディンバラ・フェスティバル・フリンジでピッチイベントを開催する「SOIL」事業にもスタッフとして携わっています。また以前から、オブジェクトシアターやストリートシアター、オレンヂスタが創作する作品と、どれも演劇、人形劇、ダンス、パフォーマンスといったジャンルの境界を超えるような作品に惹かれてきました。私自身も地域やジャンル、国境を越えて演劇の可能性を広げられるような未来を模索しています。
自分が先頭に立っていきたい欲はそんなにないんですが、創り手も観客も、すべての舞台に関わる人にとって、舞台があることで人生がより豊かになるものであって欲しいと信じています。そんな未来につながるために、自分ができることに力を尽くしたい気持ちが強いです。海外のマーケットや公演も学んで、日本の演劇や舞台の可能性をより広げていけるようなことを、やりたいなと思ってます。
写真:佐和ぐりこさん提供
*1枚目を除く

