【2022年度助成レビュー】名駅南地区まちづくり協議会「クリチャレ ー名駅南クリエイティブチャレンジー」文:古橋敬一/愛知学泉短期大学講師 | つながるコラム | クリエイティブ・リンク・ナゴヤ

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まちづくり

2023.5.2

【2022年度助成レビュー】名駅南地区まちづくり協議会「クリチャレ ー名駅南クリエイティブチャレンジー」
文:古橋敬一/愛知学泉短期大学講師

 

クリエイティブ・リンク・ナゴヤの助成事業の大きなテーマは「社会連携」。2022年度の助成事業公募においてもまちづくりや国際交流などとの連携をめざす計画が数多く寄せられ、その中から4件の取り組みを採択しました。

2023年3月上旬から中旬にかけて行われた助成A(対象:アーティスト・文化芸術団体)、助成B(対象:アーティスト・文化芸術団体以外の団体)の活動について、文化芸術やまちづくりの専門家の方々にレビューを寄稿していただきました。今回は、古橋敬一さんによるレビューです。

 

【助成B】
事業名:クリチャレ ―名駅南クリエイティブチャレンジ―
実施者名:名駅南地区まちづくり協議会
連携分野:まちづくり
日時:3月3日(金)~10日(金) *SEED NIGHTは3月3日(金)
会場:クリばこ、祢宜公園(名古屋市中村区名駅南)

 


 

クリエイティブは地域に何をもたらすのか

■古橋敬一  愛知学泉短期大学講師/クリエイティブ・リンク・ナゴヤ理事

 

名鉄名古屋駅を出て、グーグルマップを確認すると、目的地の「クリばこ」まで750m、徒歩7分と表示された。その周辺のスパイラルタワーズの南東エリアは、名駅南と呼ばれる地域の都心だが、私は初訪問だった。年度末、3月3日金曜日の18時27分。名古屋駅前は人通りも多く、会社帰りの人々が帰路に、あるいはこれから夜の街に繰り出していく途上のような雰囲気を醸し、いそいそと通り過ぎていく。卒業パーティー後なのか制服姿の若い子たちを大勢見かけた。その口元にマスクはなく、笑顔ではしゃぐ姿が微笑ましかった。コロナに一喜一憂させられた状況も、変わりつつあるのだろうか。

 

 

 

そんなことを考えながら信号を渡り、角を一つ折れたところで、街の風情が途端に変化していることにふと気付かされた。飲食店やコンビニの店内には人影が見られるし、車は通り抜けていくが、通りを歩く人は明らかにまばらだ。名古屋駅から徒歩数分の圏内でこんな影裏(/違い)があるのかと正直驚いてしまった。しかし、そんな困惑を払うように、今度は前方に楽しそうな若い人々がたむろしている角地が見えてきた。近づくと、意外と表情は真剣で、何やら仕込みに奔走している様子であった。ここが今回のイベント会場の一つになっている祢宜公園だろうか。キッチンカーから漂う香りに後ろ髪ひかれながら、まずは待ち合わせ場所を目指した。

 

 

目的地のクリばこに到着すると、建物の前ではインストバンドのストリートセッションが始まったところだった。ドラム、ベース、ピアノは互いの音、そして会場の動きを見ながら即興的な音楽を響かせていた。その様子を見聞きしていると、いつのまにか何かのシーンの中に立たされているような高揚感が迫ってくる。音楽には、空間を変容させる見えない力がある。適度に無駄なく、しかし、プロフェッショナルに設営されたイベント会場は街中の風景に上手く溶け込んでいるように感じられた。道行く他者(ひと)が自然とその様子を眺めながら、時に「お、なんかやってるぞ」と立ち止まり、また迂回もできるようにスタッフが丁寧にお声掛けし、誘導する。柔らかな会場の雰囲気づくりは、その周辺から始まる。そして、良き出来事はじんわりと街に染み出していく。

 

 

総合プロデューサーの佐乃さん曰く、「すべてはストリートから始まる」のだとか。確かに、様々な表現行為の始まりは、劇場でも舞台でもなくストリートに由緒があるのかもしれない。「ボーダーを越えて」が今回のテーマで、その読み解きとしてのトークイベント、応答としてパフォーマンスが、次々とそして同時進行的に繰り広げられていく。そこで蒔かれるクリエイティブのタネが、来場者たちをも巻き込みながら、このイベントの終盤に現れるインスタレーション作品(:フラワー)として花開くという一連の仕掛け。そのプロセスがアーカイブされ、後一週間の展示につながるという企画を簡潔にご説明いただいた。「予定調和的にならない仕掛けをいろいろ準備しています」との一言も印象的だった。「予定調和を壊すことを仕込む」という矛盾。奇妙なことを真面目に語る人が静かな革命には欠かせない。

 

 

 

既に始まっていたトークショーの様子をしばらく屋外から覗いていたが、座席が空くのを見計らって、会場内に滑り込んでみた。やがてワークショップ、ロミオとジュリエットの現代劇、ドラァグクイーンのショー、スタチューからロボットダンス、そして日本舞踊に書道家たちのパフォーミングな表現が次々と繰り出される。来場者は、いつのまにかステージに招き入れられて、表現する側が興じる構成に組み込まれてしまうこともしばしばで、妙に緊張する時間が挟み込まれるのもドキマギさせられて可笑しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

社会を風刺する視点に共感しながら、いつのまにか自らを省みるような逡巡にも巻き込まれていく。この相互反映的な感覚を、さまざまな形式で共闘していくのが、現実の社会の在り方なのではないかという妄想も広がった。いつの間にか、舞台は屋外へ。行燈に導かれて、さきほど通った祢宜公園には、書と絵画による巨大なインスタレーションが登場していた。これを囲んで、一同で集合写真を撮影して終演。過ぎてみれば、あっという間の2時間半だった。

 

 

 

 

今回の事業の中心者の一人、名古屋工業大学大学院准教授の伊藤孝紀さんは、普段から、この場にデザイン事務所を構え、その手前を「クリばこ」として貸し出している。その名の通り、クリエイティブな人たちの集まる場所として、様々な用途に使えるように開くと同時に、今回のように自らも仕掛けている。「遊んでますね」と冗談気味にお声かけすると、「チャレンジですから(笑)」と一言。本気で遊ぶには、クリエイティブとエンタメをかき混ぜるセンスが問われる。そこをハンドルするには常に新しい領域を開拓しながら、より多くの人の共感を呼び込む足場をつくりその成果を魅せるシーンも演出もしていかなければならない。その両立は、まさにチャレンジングだ。伊藤さんがイベントの間中、終始動き回って、かつシャドーワークに徹する姿がとても印象的だった。

 

 

しかし、あのクリばこや祢宜公園に溢れていた人々は、一体どんな出自の人たちだったのだろう。イベントが進むに連れて、あの空間にいた出演者と来場者、あるいはスタッフ関係者は、だんだんと入り混じりながら、まさに「ボーダーを越えていく」ような不思議な心地の中にいたようだった。そのムードを牽引したのは、自らの出自や関心を問い直し、それを作品やパフォーマンスとして披露してくれた表現者たちだった。そこには、障害や性的指向を覆い隠すのではなく、むしろそれを解放し表現するクリエイティブな態度が魅力的に現れていて励まされた。あの会場の空気感がどこか柔らかかったのは、そうした表現者の態度に刺激された来場者、そしてあの場を支えていた多くの関係者の方々が醸す態度が包摂的であったからだろう。

 

 

 

現代のまちづくりにおいて、見落とされているのは、マジョリティという大衆の中に埋もれている孤独と無関心である。その孤独と無関心を癒し覚醒するのは個々の本人だが、人は一人では生きられない。具体的な人間関係から相互が影響を受け合いながら、自らを更新させていくことで、社会的な構造や秩序もまた更新されていく。現代のまちづくりには、そうした人と社会の相互反映的な更新の機会を設けていく必要があり、そこに文化芸術の可能性もあるのではないかと考えている。

 

帰り際、本事業の中心者のもうひと方である名駅南地区まちづくり協議会会長の近藤多喜男さんにもご挨拶をさせていただいた。近藤さんもまた、終始会場を動き、ホスピタリティを発揮し続けていた。近藤さんによれば、このエリアには、やがて分譲マンションが立ち並ぶという。つまり、ここには数多くの来住者の増加が見込まれているのだ。近藤さんは「みなさんがもっとお互いを知り合えるように、みなさんにもっと地域に関わってもらえるようにしたい」と語ってくれた。自分の育ったまちが生まれ変わっていく未来に対する危機感と期待、そして自らもできる限り関わっていきたいというしなやかな意志の表明だった。

 

あの夜、あの場所には、何かが始まりそうな予感が満ち溢れていた。それをどう育てていくのか、みなさんの奮闘はこれからも続いていく。地域に創造のタネを蒔くこと、それを育てること。そして、その動きを支える人々の働きを支援すること。すべてが重要である。私たちには、どんなサポートができるのか、引き続き考えていきたい。

 

(写真:Meet The Photo  一原真巳)

 


 

レビュー執筆:古橋敬一

1976年生まれ。愛知学泉短期大学専任講師。博士(経営学)。クリエイティブ・リンク・ナゴヤ理事。
アラスカ留学にて先住民族の文化再生運動に多大な影響を受ける。帰国後、大学院にて多様な社会活動に没入。2008年より名古屋市内のまちづくり団体にて現場マネジメントに従事。2022年より、大学教員としての新境地に挑んでいる。人と社会とその関係に関心がある。