【2023年度助成レビュー】マーロン・グリフィス「Metamorphosis I —Where Water Flows—」文:塩津青夏/愛知県美術館学芸員 | つながるコラム | クリエイティブ・リンク・ナゴヤ

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2024.2.2

【2023年度助成レビュー】マーロン・グリフィス「Metamorphosis I —Where Water Flows—」
文:塩津青夏/愛知県美術館学芸員

 

2023年度に採択されたクリエイティブ・リンク・ナゴヤの助成プログラムのうち、「社会連携」をテーマにした助成A・助成Bに採択された事業の模様を、4回に渡りご紹介します。初回は塩津青夏さんによるレビューです。

 

【助成A】 
助成事業名:「Metamorphosis I —Where Water Flows—」
実施者名:マーロン・グリフィス 
連携分野:美術×まちづくり・国際交流・教育
日時:2023年11月18日(土) 
会場:鶴舞公園 

 


日常のための祝祭
−−マーロン・グリフィス「Metamorphosis I —Where Water Flows—」

■塩津青夏 愛知県美術館学芸員 

 

 

 2023年11月18日の朝、マーロン・グリフィスが「マスキャンプ」と呼ばれるワークショップのための拠点とした鶴舞公園近くのスペースには、近隣に暮らす子どもや大人たちが続々とやってきては、グリフィスが一人一人に仮面や衣装を身につけさせていた。これから彼らは、鶴舞公園で始まるパレードに参加するのだ。その様子は、現代アートのイベントというよりは、お神輿を担いで練り歩く伝統的な祭礼や、盆踊りのような地域の行事が始まる前のような雰囲気が近いかもしれない。

 

 

 

 

マーロン・グリフィス(1976年生)はトリニダード・トバゴ出身のアーティストで、彼のアーティスティックなスタイルを形作るのに大きな役割を果たしたのは、トリニダードで「マス・マン」と呼ばれる、カーニバルのコスチューム・デザイナーとしての経験である。それは多数の人々がパフォーマンスに関わる参加型のプロジェクトで、祝祭のように一時的に起こる形式でありながら、長い時間をかけて地域の中で継承されることで実現されるというスタイルだ。グリフィスは、彼がプロセッション(行進)と呼ぶパレードの衣装を、地域の人々が参加するマスキャンプを通じて共に制作することで、その土地がもつ文化的な環境や風景に反応し、新しいイメージをもつ仮面や、集まった人々による物語の発生に立ち会いながら、地域のコミュニティを形成していくのだ。

 

 

 

 

 今回のプロジェクト「Metamorphosis I —Where Water Flows—」は、グリフィスが「とても個人的なものとの繋がりが強い」と話す通り、彼が生活する鶴舞という場所で起こるもので、たとえば自身の息子が通う学校の知人や友人も多く参加プロジェクトとなっている点が彼のこれまでの仕事と異なっていたようだ。そこは、鶴舞の周辺で生活しながらも普段は言葉を交わすことのない人が、パレードのための仮面や衣装をアーティストと共に作るために集まり、それぞれの経験や記憶を共有しあうような場所になっていった。※1

 

 

 

 パレードは鶴舞公園の中央で、先導する位置に立ったアーティストの合図と、そのすぐ後ろで小気味の良いシンプルなリズムを鳴らす太鼓の音で始まった。参加する人々は、モノトーンの図柄が入った仮面を着けたり、さまざまな象徴性を感じさせるカラフルな衣装などを身にまといながら公園内の道を歩いていった。ゆらめく絞りの藍色の旗や、細長い白の布が長い列と呼応する様子は、今回のプロジェクトのタイトルが「Where water flows」であることを知らなくても、見ている人々には何か水が流れている様子を連想させたに違いない。行列には車椅子の人を先頭に、小学生から大人までさまざまな世代の人々が参加し、手に持った旗を振ったり、3メートルほどの高さの装飾を体につけて歩くのだが、決して大きな声で歌ったり、太鼓に合わせて踊ったりするわけではない。むしろ、自分たちが一つの出来事を共有しており、そのコミュニティの中でゆるやかながらも確かに連帯していることを感じている、という印象を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 アーティストによれば、彼のプロジェクトにとってより重要なのは、パレードそのものというよりも、その準備のためのワークショップや、それを通じてコミュニティを形成することだ。たしかに、パレードという目的があるからこそ彼は準備をするし、人々もワークショップに参加するのだろう。しかしながら、時間がたてば終わってしまうお祭りのようなパレードにではなく、長い時間をかけて作られる人々の関係や経験にこそ、彼がプロジェクトを進める意義があるのだろう。これまでにグリフィスが海外で実施してきたワークショップには2年以上の期間をかけるものもあったのだから、今回はそれが1ヶ月にも満たなかったことには、アーティスト自身も満足していないはずだ。しかしそれだけにまた、大きな可能性も感じているに違いない。今年のパレードがその最初の起点となって、今後もこの鶴舞でのプロジェクトが長期的に継続していくことを願いたい。

 

 

※1 パレードの前のアーティストへのインタビューとして以下のページを参照。採択事業者インタビュー① マーロン・グリフィス「Metamorphosis I —Where Water Flows—」」(https://creative-link-nagoya.jp/column/1561/)最終閲覧2023年12月26日。

 

(写真:Tololo studio)