レビュー
まちづくり
演劇
社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)
2024.2.20
【2023年度助成レビュー】認定NPO法人ポパイ「まちなかエンゲキ-街が舞台!多様な主人公たち」
文:今泉 岳大/岡崎市美術博物館 学芸員
2023年度に採択されたクリエイティブ・リンク・ナゴヤの助成プログラムのうち、「社会連携」をテーマにした助成A・助成Bに採択された事業の模様を、4回に渡りご紹介します。第2回は今泉岳大さんによるレビューです。
【助成A】
助成事業名:「まちなかエンゲキ-街が舞台!多様な主人公たち」
実施者名:認定特定非営利活動法人ポパイ
連携分野:舞台芸術×まちづくり・福祉
期日:2023年10月~12月(本番公演:11月26日(日))
会場:名古屋市千種区千種1丁目界隈、西念寺
「まちなかエンゲキ-街が舞台!多様な主人公たち」
■今泉岳大 岡崎市美術博物館 学芸員
「まちなかエンゲキ-街が舞台!多様な主人公たち」は一般公募による全5日間の参加型のワークショップであった。プログラムは最終日の11月26日(日)に観客を入れた演劇の本番公演を行い、それ以前の4日間はワークショップおよび本番に向けた練習という構成だった。筆者は3日目である11月19日(日)の練習を見学し、最終日5日目である11月26日(日)のリハーサルと本番の公演を拝見した。
【11月19日(日)】
3日目当日、筆者は午前中から演劇づくりのミーティングや練習を行うのかと思っていたが、意外にもグループトークや身体を用いたエクササイズとコミュニケーションのワークショップが行われた。筆者も取材という立場ではあったが、場の柔らかい雰囲気と、お寺の本堂で身体を動かすという楽しそうなワークショップに参加させてもらった。
参加者は15名程で30代以上の女性が多く、そのほか大学生、コーディネーターである山口光が運営しているNPO法人ポパイに所属する知的障害や発達障害のあるメンバーが含まれ、また彼らを支援する支援員も参加していた。ただ、支援員は支援する障害者のサポートに徹するのではなく、ケアをしつつひとりの参加者としてワークショップに参加し、演劇のなかで演者のひとりとして役を持っていた。参加者の中には身体の不自由な方もいて、支援員であるかないかに関わらず、その場にいる全員がサポートの必要な人の補助を行った。
「今日の気持ち」について発表し合うグループトークから、徐々に身体的なエクササイズ、例えば「寝た状態から身体の声を聴いてゆっくりとたちあがる」というような普段とは違う身体の扱い方をすることで参加者たちは自分の身体を改めて意識した。そして「目があった人と肘と肘をタッチさせて挨拶をする」「パートナーと対面して相手の動きを真似る」といった身体によるコミュニケーションを行い、普段とは違う人との関り方と距離感を経験した。
こうしたワークショップによって参加者たちは荘厳な雰囲気漂うお寺の本堂という場に慣れ、参加者同士の関係が柔らかくなり、リラックスした状態で演劇に取り組む準備となった。それは、日常の形式的な立ち振る舞いをひとつずつ削ぎ落し、いつもとは違う身体の感覚といつもとは違う他者との関係を意識し、ゆっくりと演劇的な身体感覚に誘引するものであった。
午後は2日目に行ったインタビューの成果を、言葉で説明するのではなくグループごとに演劇で再現した。演劇の練習というと、演者の役作りや微細な演技指導など緊張感のあるイメージだが、このワークショップでは、とりあえずやってみようという緩い雰囲気で、笑いとつっこみを挟みながら和やかに進められた。そして演技の中で偶発的に生み出された言葉やアクションを拾って、創作を加えながら内容を膨らませた。本演劇はこうしたインタビューを元にして内容を構成するようだ。
2日目の終盤はインタビューの再現の演技を素材にして、どんな演劇の物語、演劇の内容を創るのか意見を出し合い終了した。
【11月26日(日)】
ワークショップ5日目の11月26日(日)最終日、参加者たちは午前中に西念寺に集合した。そして軽いエクササイズを行い、輪になってミーティングをしてからリハーサルが行われた。公演の前半はコミュニティセンターで、後半は西念寺で行うと言うことでリハーサルも現地で行った。誰がどのタイミングでどこから入るか、ストーリーを繋げるためにどんな言葉を挿入するのかということが確認された。参加者には少し緊張している方もいたが、コーディネーターはじめ皆が楽しい雰囲気で本番に臨むように励まし合った。
午後2時、観客が西念寺に集まり、最初の会場であるコミュニティセンターに移動して本番がはじまった。今思えば、はじまる直前が演者と観客ともに最も緊張した時間であった。おきなお子氏が演劇ワークショップの趣旨を説明し、最初はこのワークショップ内で何度か行われていた「I’ m a tree」というリレー形式で連想するものを身体で表現してゆくパフォーマンスを演者が行った。最初に舞台に上がった演者の「私は太陽です」からはじまり、「私は波です」「私は雲です」と次々に演者が舞台の中に入り乱れ、観客までも巻き込みながら台風のように身体表現のリレーが展開された。この「I’ m a tree」は何もないところから万物が生まれ、意味を獲得して世界が彩に満ちてゆくような情景を表現するものであった。そしてゆるやかにダンスがはじまり、物語がオープニングを迎えた。演者たちは両手の指先を合わせて手のひらに空間をつくるようなかたちで組みながら「ピポッ」という声とともに踊った。
物語は2人の宇宙人が千種区1丁目に降り立ち、この土地の文化や人々の人間模様を観察して人の心を知るという筋書きである。指先を合わせて「ピポッ」と言う振舞いは宇宙人のキャラクターという設定である。そして、宇宙人が眺めている場面として、ワークショップの中で生まれたワンシーン「ロミオとジュリエット」「お化け屋敷」「ジェイソン」をテーマにしたショートコントが展開された。宇宙人役の2人は舞台両サイドで上記の宇宙人の手のポーズ越しにそれを見守っている。全体的にドタバタコメディのようで、演者も観客も笑いに包まれた。
後半は西念寺に再び移動し、引き続き宇宙人が人間模様を観察しているという設定で、まちでインタビューした「芳珠寺の婚活パーティの話」「和菓子の福田屋での話」「コミュニティセンターの吉田さんから聞いた話」の3部作が演じられた。
「芳珠寺の婚活パーティの話」では、男性の修行僧の上下関係の過酷さや女性の修行僧が結婚できないこと、またお寺での婚活パーティ特有であるのだろうか、婚活参加者が住職から仏の説話を聞くと言う話が再現された。「和菓子の福田屋での話」では、インタビューの場面をそのまま会話劇で演じた。そしてインタビューした福田屋さんご本人が登場し、演技の中で和菓子制作において手が固くなるというエピソードが本当であるとお話をされた。「コミュニティセンターの吉田さんから聞いたお話」では、地区会長である吉田さんから聞いた千種区1丁目という地域に起こったいくつかの出来事が演技で再現された。かつて当地にあった夏限定のお化け屋敷、「元気を出して、わっしょい!」という掛け声の獅子舞のお祭り、東山動物園でかつて飼育されていた象のマカニーとエルドにまつわる話、120人集めたという伝説のお花見。そして最後のお花見のシーンから、地域の繋がりを象徴して、宇宙人たちと同じ指を合わせる手のポーズに至る。そして、宇宙人が再登場し、これまで劇中劇として見てきたシーン-宗教、婚活、仏、和菓子、花見、そこに住む人々との繋がりやものづくり-を手のポーズで象徴し、全員で踊ってエンディングを迎えた。
上演された演劇の内容は地球に降り立った「宇宙人」が人間を観察するというものであった。このストーリーは映画「未知との遭遇」や「エイリアン」のように未知の生き物と人間の出会いがテーマとなっている。これが象徴していたのは、今回の演劇ワークショップがまさに繋がりのない他者同士を繋ぐものであったことである。このワークショップではそれぞれの暮らしの中では深く交流しない人々が「演劇ワークショップ」の名のもとに集まった。ファシリテーターや演者-男性、女性、社会人、学生、大学教員、ダンサー、地域コーディネーター、福祉施設職員、障害者、主婦-、そして観客たちは互いに接点のある人のいる一方で、接点のない人にとっては互いが未知の存在(=宇宙人)になり得る。演劇では観客は宇宙人という他者の視点に立ち、劇中劇というかたちで人間模様を見るという構造であった。この宇宙人に例えられた部外者と千種区1丁目の住民に例えられた内部者との関係は、舞台を見る観客、舞台の中で人間模様を見る宇宙人、という入れ子構造によって巧みに象徴されていた。
そしてこの内部者と外部者という関係は、千種区1丁目という場所と演者と観客を含めた参加者との関係である。このワークショップの中で参加者はインタビューによって千種区1丁目という地域の歴史と文化を知り、演劇をとおして追体験した。そして(恣意的に創作した部分を含むが)演劇として再現したことで、地域の歴史と文化を観客に伝える役割を果たした。つまり演劇を媒介に、人・地域・歴史・文化が相互に繋がる円環構造を生み出すことを試みたと言える。
普段同じ街に住んでいてもすれ違って関りのない人、通り過ぎるだけで表面的にしか知らない街、このワークショップでは人と社会の関係を解きほぐし、改めて関係を構築する「出会いなおし」をする機会となった。それは、見えてはいるけれど見ていなかったものを見つめるような、人や街がそれまでとは違って見えるような経験であった。
このワークショップは芸術と福祉の分野にまたがる活動に位置付けることができる。しかしこれを芸術、とりわけ演劇作品としての完成度やクオリティ、福祉事業としての成果や実績で評価することは相応しくない。なぜなら、このワークショップは芸術と福祉が満たしきれない隙間を指摘し、そこに差し込むことでより滑らかな地域社会の円環を生み出すハブのような機能を果たすものであるからである。このワークショップを推し量るとすれば、演劇というプラットフォームの転用と変換、その可能性である。
人が豊かに生きるには人・地域・歴史・文化の相互的な繋がりが必要である。本ワークショップはそれを笑いと優しさに満ちた演劇で提示した。その語りの自然な説得力は、むしろ繋がりが少なく閉じている地域社会を浮き彫りにするものであった。
(写真:ToLoLo studio)
■山口光さんへの事前インタビュー記事もあわせてご覧ください。