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2024.4.25
「歩く、アート、栄 ~音楽家と体験するクアオルト健康ウオーキング~」体験レビュー
文:山田泰生/毎日新聞社会部記者
クリエイティブ・リンク・ナゴヤでは、ドイツ式の健康ウオーキングメソッドである「クアオルト健康ウオーキング」とアート体験を組み合わせた、新しい都市型ウオーキングイベント「歩く、アート、栄」を開催しました。今回は、山田泰生さんによるレビューをご紹介します。
「歩く、アート、栄 ~音楽家と体験するクアオルト健康ウオーキング~」(イベント詳細についてはこちら)
日程:2024年3月16日(土)[午前の回]09:00-11:30 [午後の回]13:00-15:30
集合場所:ナカトウ丸の内ビル店 第1会議室
■山田泰生/毎日新聞社会部記者
Aux Champs-Élysées, Aux Champs-Élysées
(シャンゼリゼには シャンゼリゼには)
Au soleil, sous la pluie, à midi ou à minuit
(晴れていても雨降りでも 昼間でも真夜中でも)
Il y a tout ce que vous voulez aux Champs-Élysées
(欲しいものが何でもある シャンゼリゼには)
春爛漫の土曜の朝、僕はシャンソンの「オー・シャンゼリゼ」を口ずさみながら久屋大通公園を闊歩していた。名古屋市中心部の栄地区を南北に貫く久屋大通は、パリのシャンゼリゼ通りと友好提携しており、通りに面した飲食店の中には「シャンゼリゼ」を冠したパティスリーもある。エッフェル塔には知名度も歴史も高さも及ばないが、名古屋テレビ塔(中部電力ミライタワー)だって昼夜となかなかのランドスケープを作り出す。
なぜ、こんなに心地よく歌っていたのか。素敵なガールフレンドと一緒にイチゴがいっぱい乗ったタルトを食べ終え、散歩を楽しんでいたからではない。実はと言えば、音楽とウオーキングを組み合わせた興味津々のイベントに参加したのだ。
最高気温が20度を超すと予報の出た3月16日、「歩く、アート、栄 ~音楽家と体験するクアオルト健康ウオーキング~」と題したイベントが午前、午後の2回あった。ドイツ発祥の「クアオルト」という健康メソッドと、イギリス在住の現代音楽家ICHI(イチ)さんによる音のワークショップを掛け合わせたプログラムだ。クリエイティブ・リンク・ナゴヤと名古屋市が企画したパイロット事業で、参加費は無料だった。
生粋の名古屋人としてフランス語よりも名古屋弁が得意だ。実施場所の久屋大通公園は少年時代からの遊び場だったが、近年の再整備によって景観は様変わりした。もう一つのオアシス21は、名古屋市政担当記者として2002年のオープンに立ち会った。現在は学芸記者として美術も音楽もダンスもグルメも取材し、健康づくりに対する関心は高い。なのに、ICHIさんは初対面の音楽家で、クアオルトも初めて耳にする単語。見慣れた場所に未知の要素を加えたらどんな化学反応が起きるのだろう。
9時集合の午前の回には、地下鉄久屋大通駅近くのビル2階会議室に15人の参加者が集まり、さっそく血圧や脈拍を測定した。ガイド役は日本クアオルト研究所を名古屋・大須に構える代表取締役、大城孝幸さん(63歳)。10年前に狭心症の手術を受けた後、クアオルトによる健康増進の効果を実感し、いまや提唱者となった。
クアオルトとはドイツ語で「療養地」を意味し、ドイツでは自然の地形や気候を活用して、心筋梗塞や狭心症のリハビリ、高血圧など症状に応じた治療・療養目的で滞在する特別な地域が定められている。近年は医科学的根拠に基づく健康療法を活用する保養客が増えており、日本型クアオルトも地方自治体や企業が健康づくりのため広がっている。
クアオルトとはドイツ語で「療養地」を意味し、ドイツでは自然の地形や気候を活用して、心筋梗塞や狭心症のリハビリ、高血圧など症状に応じた治療・療養目的で滞在する特別な地域が定められている。近年は医科学的根拠に基づく健康療法を活用する保養客が増えており、日本型クアオルトも地方自治体や企業が健康づくりのため広がっている。
大城さんによると、クアオルト健康ウオーキングの取り組みは2008年に山形県上山市から始まり、現在、愛知県岡崎市や名古屋市中区・緑区、岐阜県の岐阜市、飛驒市、白川村、関市、美濃加茂市、下呂市、三重県志摩市など全国31自治体で導入されているという。
頭を使う堅い話はひとまずこれぐらいにして。僕は革ジャンやパソコンを入れたリュックを会議室に預け、ダンガリーシャツ一枚になって久屋大通公園へ。ウオーキングコースは、園内のシバフヒロバから南下してセントラルブリッジを渡り、テレビ塔の横を抜け、オアシス21の「水の宇宙船」に階段で上り下りして引き返す全長約2キロ。中区の都市公園を生かしたコースとして、「久屋大通パークコース ~水の宇宙船からGO!~」と名付けられている。
広場で輪になって準備体操を済ませると、いよいよICHIさんの出番だ。先導するICHIさんはマエストロであり、プレーヤーでもある立場。参加者と一緒にまちを歩き、まちで音を響かせ、まちで音楽を発見する。笠木日南子さんらクリエイティブ・リンク・ナゴヤのスタッフから配られたカスタネットや鈴の輪を右足のスニーカーや左足首に結びつけた。一歩一歩、足を動かすたびに音を生み出す楽器を装備して、にわか楽団がいざ出発!
そもそもICHIさんって何者? 日本人の男性である。愛知県春日井市に住んでいた中学2年のときにバンドでベースを担当し、トランペットから打楽器まで既製の楽器はお手のもの。草笛やバードホイッスル、米粒を入れた風船など日用品も楽器にして演奏して歌うミュージシャンだ。コロナ禍によるパンデミックの際は海の漂流物で楽器を作って、サウンド・インスタレーションも行ったという。「古いものは存在感があって惹かれる。アニミズムというか、そういうものにインスパイアーされて音を響かせると、生命が宿るような気がしてくる。自分で試していろんな音を鳴らしたくなる」と語った。
音楽といえば、名古屋フィルハーモニー交響楽団などの演奏するクラシックに触れる機会が多い。予測不能な現代音楽と健康プログラムの組み合わせ。僕にはこのイベントを通して、「音楽とは何か」を見つめ直す機会にならないかという期待もあった。
桜通をまたぐセントラルブリッジに差し掛かると、プラスチック管状のドレミパイプが2本ずつ手渡された。コンコン、トントン………。長さの違いでたたき合わせると、様々な音を奏でた。帰り道では、この橋の上から全員で「ヤッホ!」と叫んだ。都心で山びこを響かせるなんて気恥ずかしかったが、新鮮な感覚に包まれた。横断歩道の歩行者や信号待ちをしていたドライバーがきょろきょろと辺りを見回して驚いた様子だった。
次の中継地点は複合施設のオアシス21。屋上階の「水の宇宙船」はフォトジェニックスポットとして外国人にも人気でテレビ塔を間近に望める。ここでは、バードホイッスルが配られた。100円玉の半分くらいの大きさをしたオランダ製の鳥寄せ笛。透明な薄紙のリードを口の中で湿らせ、舌先を使って強く息を吹くと音が出るはずなのだが。ちっとも鳴らないまま、いつの間にかリードが破れてしまった。一緒に参加したICHIさんの小学生の息子二人は簡単に鳴らしてみせた。代わりに受け取ったのは、真ん中に穴の空いた懐かしい駄菓子「フエラムネ」。ピーピーとよく鳴るので童心に返って吹いた。
コースの途中では、大城さんの指導で血圧や脈拍を測定した。運動によるリスクを軽減し、生活習慣病やメンタルヘルスの改善に効果があるとされる目標心拍数「160-(マイナス)年齢で算出」にも注意を払った。正直なところ、ウオーキングコースとしては物足りず、個人的にもっと運動負荷が強くてもいいと感じた。
それでも楽器演奏を交えた2時間半のイベントは、健康を意識する以上に、みんなでまちに音を生み出す楽しさを感じることができた。気がつけば、僕は帰り道で「オー・シャンゼリゼ、オー・シャンゼリゼ」とフランス語で歌っていた。心がズキズキ弾んだのだ。
参加者の一人、パブリックアート巡りが趣味という73歳の男性は「アートイベントだと思って参加したが、結構楽しめた。音楽のもつリズムやハーモニーについて改めて考えた」と感想を話した。ICHIさんは「音を出す楽しさを、みなさんに感じてもらえて良かった。道端の草を抜いて草笛も吹きたかったけれど、残念ながら生えていなかった」とまずまず手応えを感じた様子。そして、大城さんが一番嬉しそうに見えた。「今回初めてアートと掛け算したプログラムを企画した。ICHIさんや音楽の力で人と人がつながり、イベントの運営サイドなのに私まで楽しませてもらえた」と笑顔だった。
音楽は「音学」ではなく、文字通り「楽」しむものなのだ。西洋音楽のクラシックは音楽の一部に過ぎず、打楽器をたたく原始的なリズムは、神への祈りや喜怒哀楽をも自己表現できる。パリでは、いろんなミュージシャンが街角やストリートで音楽を奏でている。今回のイベントを一時的な事業にせず、まちの景色を変えるだけでなく、まちに音があふれるまちづくりを願う。
(写真:三浦知也)