【レビュー】アートリンク金山 文:杉崎栄介(横浜市民ギャラリーあざみ野 館長) | つながるコラム | クリエイティブ・リンク・ナゴヤ

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2024.12.26

【レビュー】アートリンク金山
文:杉崎栄介(横浜市民ギャラリーあざみ野 館長)

アートフェア「NAGOYA ART COLLECTION 2024」 撮影:ToLoLo studio

 

名古屋市の金山駅南口に位置する金山南ビル美術館棟と金山のまちなかを舞台に、アートリンク金山実行委員会(構成:名古屋市、クリエイティブ・リンク・ナゴヤ、公益財団法人名古屋市文化振興事業団)が、「アートリンク金山」を開催しました。今回は、横浜市民ギャラリーあざみ野館長の杉崎栄介さんによる当日のレビューをご紹介します。

 

【アートリンク金山】

日時:2024年11月2日(土)~11月4日(月・祝)、11月9日(土)

会場:金山南ビル美術館棟(旧名古屋ボストン美術館)名古屋市中区金山町1丁目1−1

主催:アートリンク金山実行委員会(構成:名古屋市、クリエイティブ・リンク・ナゴヤ、公益財団法人名古屋市文化振興事業団)

イベント情報ページURL:https://artlinkkanayama.jp

 


 

■杉崎栄介(横浜市民ギャラリーあざみ野 館長)

アートリンク金山レポート

 

クリエイティブ・リンク・ナゴヤ(CLN)は、名古屋市が2022年に設置した地域の文化芸術活動を支援する中間支援組織で、文化芸術活動の中間支援を戦略的に行い、観光・まちづくりなど他分野との連携・波及効果の創出、都市の活力・魅力向上等を図っている。アーティストなど文化芸術の担い手を支援する助成等を行うが、自らが企画プロデュースし実験的なプログラムから文化芸術の可能性を探るパイロット事業も行う。今回の企画は後者の枠組みで、名古屋の主要ギャラリーが集う新しいアートフェア「NAGOYA ART COLLECTION 2024」、トークセッション「まちづくりとアートの現在・未来」アーティストと地域が協働する参加型アートプロジェクト「かなやまじんくらぶ」で構成されていた。

 

オープニングセレモニーの様子 撮影:ToLoLo studio

 

この試行の背景には、今後リニア新幹線の開通と共に再び発展が期待される金山の「まちづくり」がある。名古屋の中心市街地は、今よりも海岸線がずっと陸地側にあった。金山は、古来から門前町、湊町、宿場町として繁栄してきた熱田と、近世に発展した名古屋城下町の中間に位置し、これら2地域を結ぶ通りや堀川が引かれた軸線上にある。近代以降は鉄道が敷設され、今も昔も交通の要衝と発展してきた。戦中、アメリカ軍による大規模な空襲で街のほとんどを焼失し、戦後は名古屋の副都心として復興計画が進められる。用地や鉄道事業者間の調整に難航するも、1989年の世界デザイン博覧会を契機に金山の総合駅化は実現。2005年に中部国際空港が開業し、ターミナルとしての重要性はさらに高まっている。

 

 

駅の北側には、1972年に建設された名古屋市民会館。これは復興の機運となった第5回国民体育祭で建設された金山体育館跡地にある。芸術団体や市民に盛んに利用され、愛知県芸術文化センターができるまで名古屋フィルハーモニー交響楽団の主な演奏拠点であった。この市民会館の建て替えが金山駅北側の再整備と共に計画されている。そして、駅の南側に本イベントの会場の金山南ビル美術館棟である。市民会館が建て替えで閉鎖している期間は貴重な文化発信拠点となる。

 

金山南ビル美術館棟(旧名古屋ボストン美術館)外観

 

 

旧名古屋ボストン美術館から現在に至る経緯は本記事の趣旨ではないが、アートリンク金山の理解には必要なので少し記載しておく。名古屋ボストン美術館、地元の経済界主導で1991年のバブル期の末に計画され1999年に開館している。1979年、社会学者エズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』によって世界に紹介された日本の経済黄金期は1980年代も続いた。東京圏を中心に次々と企業によってホールや美術館が建設され、高額の美術品を個人や企業が世界中から買い集めていた時代。一つの頂点は1990年前後だが、同美術館が計画された頃に重なる。地域の文化や芸術を支援しながら独自のブランドを形成する美術館ではなく、著名なボストン美術館の名を冠しようとは、今の時代に聞けばおかしくうつるが、当時を考えれば不思議ではない。ただ、その開館は、バブル崩壊のあおりをうけて東京では名立たる民間ホールや美術館事業のいくつかが終わりを迎える中の開館であった。その後は、周知のとおりだが、民間資金だけでは足りず、行政から公的資金を投入して継続。アメリカのボストン美術館との契約はもともと20年間であり、開館から約5千万ドルの寄付を要した美術館は当初の予定どおり2018年に閉館した。

 

なお、旧名古屋ボストン美術館に長い時間と多額の資金を投じた20年間に、企業や行政の文化芸術活動支援は、既存の美術館や劇場、コンサートホールの取り組みに留まらず、日本各地の地域の魅力を発見する試みに変化していった。全国各地でまちづくりや観光の目的も視野に入れながら、アートNPOなどの担い手支援、アートプロジェクトや芸術祭、遊休不動産再生のプログラムが実施された。名古屋、愛知でも2010年にトリエンナーレが始まる。こうした流れからは保守的な施策、投資ではあった。

 

 

さて、話を本題に戻そう。今回、CLNの金山のプロジェクトを通じて、名古屋や金山エリアの可能性が様々見えた。まず、最初に紹介するのは「NAGOYA ART COLLECTION 2024」。名古屋のギャラリーの連合体が事務局を担う現代美術のアートフェアだ。昨年まで名古屋で開催されていたホテルでのアートフェアが終了したことを契機に、実施主体や運営方法までまったく新しい形で立ち上げたフェアで、かつ大雨のなかの開催にも関わらず会場はにぎわっていた。はじめて訪れた筆者は、名古屋のプライマリーギャラリーの多さに驚いた。また、どのギャラリーも地元の作家を入れる条件で実施しており、さすが美術大学が多い土地とも感じた。

 

アートフェア「NAGOYA ART COLLECTION 2024」の様子 撮影:ToLoLo studio

 

現在、日本各都市で開催されるアートフェアは、有力なギャラリーやその連合体が立ち上げるか、行政が立ち上げるか、世界のフェア事業者が国内会場を借りて行うのが主流である。名古屋は、行政の主催であるが、開催地のギャラリー主導型となる。どうしても国際的ではない、ローカルなフェアになるが、これが行える都市は国内ではとても少ない。名古屋のギャラリーに力があり、マーケットの裏付けがあるからできている。

 

旧名古屋ボストン美術館の時代にも訪れていた人は、金山南ビル美術館棟での開催に古き良き時代の懐かしさも覚えただろう。このノスタルジーさは、他都市のアートフェアに行き慣れた人がみれば、古さと感じるかもしれない。ただ、美術品の購入を投資目的、アートフェアの開催を富裕層向け観光施策目的とせず、純粋に自分の好きな作品を家や会社で愛でたい、作家を応援したい個人の集まりを目的とするなら、その市場は一定の規模の作る人、売る人、買う人によって成立する。美大やプライマリーギャラリーの多い環境は名古屋の強みで、この特徴を伸ばして他都市と差別化する手はある。

 

出品作品を鑑賞する来場者 撮影:ToLoLo studio

 

 

続いてトークセッションのひとつである「名古屋のまちづくりとアートの現在・未来」(モデレーター:古橋敬一さん)。まず田中良知さんから金山の課題、地域の取り組みのお話があった。金山の課題の一つは鉄道高架と国道、駅の南北で異なる行政区による地域の分断。もう一つは、名古屋駅に継ぐ乗降客数にも関わらず街へ立ち寄る人が少ない、これは“目的地にならない”からだそうだ。田中さんは、老舗お茶店を営みながら、まちづくり団体の会長をされており、これらの解決に街としてどのように行動しているかを伺えた。

 

金山駅前まちそだて会の活動を紹介する田中会長 撮影:ToLoLo studio

 

続いて、北区清水で活動され、周辺の空き家をまとめたZINEを(自主制作の小冊子や本)発行、家族から引き継いだ金城市場の企画運営をされる小田井孝夫さん。数年前に東京から来て、独自の見立てで地域の魅力を発信しながら、人と街と繋がり、さらに拠点を自作して面白いことを仕掛けた結果、世界のアーティストとも繋がる。久国寺の梵鐘が岡本太郎作「歓喜の鐘」が、街の面白さの象徴だと話されたが、外から来た人ならではの視点である。

 

空き家のリニューアルを手掛ける小田井さん 撮影:ToLoLo studio

 

三番目に、舞台映像作家の山田晋平さん。豊橋の愛知大学で教鞭をとったのもあって、水上ビルに関わり、自らアトリエを構え、開きながらアートスペース運営している。世界を巡りながら創作活動をすることで観てきた風景、経験をもとに、アーティストが街にいる価値、地域やオーナーとの関係を説明する姿は、作家ならではの思いが詰まっていた。

 

自身の活動を紹介する山田さん 撮影:ToLoLo studio

 

話は三者三様で、特に「アートの捉え方」がそれぞれであったのが興味深かった。金山の街で生まれ育ち、先祖代々商売をしながら街の未来を考える田中さん、居つく“よそ者”として街を面白がる小田井さん、作家として旅する山田さんの視座の交差から、アートとまちづくりの関係が浮かび上がってくる。

 

 

まちづくりを進めていく上で“分断”は、誰もが頭を悩ませる。高架や道路のような土木構造における物理的な分断は、都市計画で解決できる一つだが、“意識の分断”はこれだけで解決できない。田中さんは最初「アートの門外漢なので臆する」と話されたが、小田井さん、山田さんの話が終わると「アートを狭く捉えていた」と考えが変わる。最初は、前述のアートフェアにあるような美大で専門教育を受けた人がつくる、出来上がった美術作品のみをアートと思っていたのだ。作品としてのアートは自分の生活とはあまり関係ないものと考えていた田中さん。ところが、2人が「アートを通じた人との関わりや予期せぬ出会いの面白さで自分も街も豊かになる」と述べたので、それなら関係あるかもしれないと考えが揺らいだ。“意識の分断”が少し繋がった瞬間である。分断は、経験の有無、情報の非対称性、価値観の違いなどからくるもので、今回のような対話は分断解消の手がかりとなる。

 

トークでは、小田井さん、山田さんがよそ者ならではの視点で街を掘り起こし、地元の人が気づかなかった街の価値を見える化し、街に新たな動きをもたらしている様子が伺えた。土地を離れられない地元で商売する人と、転勤やU・Iターンで新たなに住民となる人、アーティストのように旅する人、それぞれが持つ視座、視点が交わることで街に魅力が増え、新旧住民双方の生活の質が高まる。あわせて、よそ者や旅する人にしかできない発想として、人口が減り高齢化する現代では、続けるだけでなく終わらせるのも一つの手であり、それが負とならずに前向きな街の原動力となるのも示唆された。いずれも街や人を大切にしたい気持ちを持っているがゆえの対話であった。

 

トークセッション登壇者 撮影:ToLoLo studio

 

ここまで書いた文脈で、3つ目の企画「かなやまじんくらぶ」は、地域の人と人をつなげ、街の種を探すアートプロジェクトとして優れている。田中さんの所有する建物の一室を拠点とし、アーティスト、建築家、印刷家らと市民がワークショップをしながら街をリサーチ。金山ならではの風景を見つけたり、参加者が街に暮らす人と対話したり、ときに参加者同士も話し合う。これをZINEで表現、最後は金山南ビル美術館棟で展示された。ZINEづくりを通して、街の内と外にいる人が協働するきっかけを生み出す。どこかから借りてきたものを展示するのではなく、参加者自らが地元の風景や人物をもとに版画技法を使った作品をつくり、旧名古屋ボストン美術館のショップで展示する様も洒落ていた。アメリカの同美術館が浮世絵版画のコレクションで有名なだけに、良い見立てである。

 

かなやまじんくらぶ公開制作スペース

 

はじめての金山訪問であったが、アートリンク金山を訪問したおかげで、名古屋のギャラリーや他地区の取り組みなど様々知ることができた。味わうにはあまりにも滞在時間が短すぎたが、これからの街の可能性を感じられた。

 

金山のまちづくりを考えたとき、駅の乗降客数の多さを利用し“目的地”を作り、街への噴水効果を高める。これに向けアートや音楽の持つ集客力に頼る手法はある。ただ、リニアは東京と名古屋を約40分で結ぶ。今でも新幹線を使えば日帰り出張ができてしまう名古屋に泊まらず帰る人が多い中で、どうしたら外の人は金山に興味を持ってくれるだろうか。これは愛知県内で金山を通過している人も同じだろう。買い物をするなら名古屋駅の方が物も豊富で便利だし、観光するなら熱田神宮や名古屋城などがある。

 

では金山ならではの魅力とは何か。この街は昔から2つの核たる街の間をつなぐ存在として価値を高めてきた。交通の要衝で“来やすい、出かけやすい”という利がある。非効率ながらひたすら人と人をつないでいけば、知人がいるから乗り換えのついでに寄ろうかと“目的地”になれるかもしれない。名古屋駅前より地価が安いも移動に便利な立地は、国内外各地と行き来しながら仕事するような複数拠点で働く人に注目されるかもしれない。観光客を呼ぶのに金山を一つの大きな物語ではなく100人による100通りの物語で伝えたらうまく発信できるかもしれない。要は、リニアのような巨大なもの、時間、経済性効率を追求するものに対して、その逆張りをするわけだ。

 

金山のまちの人々へのインタビューをまとめたページ(左)

 

 

もし、街の人がこうしたいと思い、アーティストを街に歓迎し、突拍子もない話に耳を傾け、理解が及ばない行動を楽しんでフォローしたら、何が起きるだろうか。今回、アートリンク金山から、そうした未来の一端が垣間見えた。次は建物の中だけではなく、建物の前庭を使ってゆったり過ごしたくなる広場をつくり、アートに興味がある人もない人も過ごせるようにしたら、さらに面白い。文化や芸術の“集客=賑わい”によって都市を再生するのではなく、芸術が媒介となって街に関わりたくなる人を増やして、土地の持つ力、地域の文化を再生する。こうした試みを続けていけば、アートによるまちづくりも、決して夢物語では終わらないだろう。

 


 

■アートフェア「NAGOYA ART COLLECTION 2024」実行委員会 竹松千華さん(GALLERY IDF)、天野智恵子さん(AIN SOPH DISPATCH)と、旧名古屋ボストン美術館元館長馬場駿吉氏の事前インタビュー記事もあわせてご覧ください。