【レビュー】アートでチルする?2024文:谷 亜由子(ライター) | つながるコラム | クリエイティブ・リンク・ナゴヤ

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2025.2.12

【レビュー】アートでチルする?2024
文:谷 亜由子(ライター)

 

クリエイティブ・リンク・ナゴヤでは、若者をとりまく様々な問題に取り組む「一般社団法人愛知PFS協会」と協働し、若者たちの居場所づくりをアートで応援する活動「アートでチルする?2024」を実施しました。今回は、谷亜由子さんによるレビューをご紹介します。

 

【アートでチルする?2024】
日程|参加アーティスト|会場
2024年   9月  3日(火)|内藤光穂、林亮太|サカエヒロバス
2024年   9月  4日(水)|内藤光穂、林亮太|サカエヒロバス
2024年10月  1日(火)|ぬくみ|サカエヒロバス
2024年10月15日(火)|阿部多為|テレビトーヒロバ
2024年11月15日(火)|阿部多為|テレビトーヒロバ
時間|18:00~21:00
イベント詳細|#栄でチルする?×アート「アートでチルする?2024」

 


 

■ 谷 亜由子 ライター

 

忙しげに人々が行き交う夕暮れ時の栄の真ん中に、キャンプチェアやランタンが並び、通りすがりの人や若者たちが立ち寄り、ドリンクやお菓子を手に思い思いの時間を楽しむ「#栄でチルする?」。そんな自由でゆったりとした光景は、2022年から続く地道な取り組みにより確実にこのまちに定着してきたと感じる。

 

さまざまな理由によってまちを行き交う子どもや若者たちのために、安心できる居場所づくりを行う活動「#栄でチルする?」は、一般社団法人愛知PFS協会(以下:PFS)により運営されている。クリエイティブ・リンク・ナゴヤ(以下:CLN)では、アートによる社会貢献への寄与を目的にこの活動を応援するべく、昨年度よりパイロット事業「アートでチルする?」を実施している。

 

また本年度はPFSで運営スタッフの世代交代を図り、チルにやってくる若者たちに合った雰囲気づくりを目指した。20代の若手スタッフが中心となって担うPFSのコンセプトに応える形で、CLNでも20代の新進の作家4組に参加を依頼。そのうち9月と11月の開催日に会場を訪れてチルを体験し、出会った人たちにインタビューを行った。

 

「サカエヒロバス」の会場

 

最初に訪れた9月3日。会場となった栄三越前の「サカエヒロバス」では、二人のアーティストがそれぞれに制作やアートパフォーマンスを繰り広げた。芝生の上に持ち込んだインパクトのある装置が、会場の中でもひときわ目を引いていたのは、名古屋学芸大学大学院に在籍するアーティスト、林亮太さんの作品だ。

 

何台ものスマホを駆使した大掛かりな装置の仕掛けは、まず一台のスマホ画面にランダムにインスタグラムのリール動画が流れ、プログラミングによってその中の赤い映像にだけ自動的に「いいね」を押すよう設定されていて、やがてアルゴリズムに従って画面上に赤い動画ばかりが〝おすすめ〟されるようになり、その様子を別のスマホでライブ配信。そこにさまざまなコメントを送り続けるという複雑なもの。

 

林亮太さんの作品

 

「僕らのような若い世代の人たちのほとんどが毎日のようにSNSで発信をしています。しかし、みんな自分の意思で発信しているようでいて、実はそうではないんじゃないかという気がするんです。僕らはすでに、アルゴリズムのはたらきを前提とした〝自分のようなもの=ひとつのアカウント〟として生きるように自らを変化させている。それをネガティブに捉えるのでなく、どうやってライドしていくかを考えてみたくてこの作品を作りました」

 

大学ではメディア論研究とメディアアートの制作を行っているという林さん。「アートでチルする?」への参加については当初、戸惑いを感じていたという。

 

「ターゲットは居場所のない子どもや若者ですが、そういう人たちにとって現代アートなんてもっとも遠い存在なんじゃないかと感じて。一方で、世代的には自分と近く、もしかしたら興味を持ってもらえるのでは?という気もしています。僕の考えや作品を見てどう感じるかやどんな反応が返ってくるかに興味があるので、できれば日頃アートに関わっていない人に感想を聞いてみたいですね」

 

誰に対しても平等に開かれた場所。だからこそ先入観にとらわれず、純粋に興味や好奇心を持って近づいてきてくれる人がいる。そんな人たちにアーティストとしてどんなアプローチができそうですか?という問いには、「難しいですね。もしかしたら、僕自身がそれを確かめるためにここに参加しているのかもしれません」と真摯な姿勢で答えてくれた林さん。誰かのためにではなく、自身のために。新しい発見や気づきを得られる場としてこの機会を積極的に楽しんでいるようだった。

 

この日参加したもう一人のアーティストは、愛知県立芸術大学大学院で彫刻を学び、現在は美術作家として活躍中の内藤光穂さん。今回は会場の一角に置いたゴミ箱に捨てられたものを紐状に加工し、それを糸のように編むという制作を行った。

 

内藤光穂さんの制作風景

 

「自分はいつも、人前では周りに求められている仮の自分を演じているような気がしていて、もしそれを脱いだらどうなるのかを探りたいと思ってこのような制作を始めました。〝編む〟という手法を用いたのは、一本の糸を絡ませて一つの物が出来上がる編み物が、自分の体を覆うもの、着ているもののイメージに近かったから。今日は会場にゴミ箱を置き、そこに捨てられたものを材料として使うことにしました。ゴミってパッケージとか包み紙のように外身の部分になるものが多いんです。まさに内面を覆うもののイメージにつながっているのが面白いですね」

 

普段は主に自宅で作品づくりを行っているという内藤さん。オープンな場所でパフォーマンスできる機会に出会えたことに感謝の気持ちを感じている、とも話してくれた。

 

「人が日常の中で何かに目を止めて立ち止まることって意外と難しいですよね。でも美術にはその力があるんじゃないかと思います。そういう意味で、チルが目指すことと自分が普段やっていることはあまりかけ離れてはいないと思っています」

 

 

誰かが手放したゴミは他者と自分とを繋ぐツールであり、その多様さもまた社会そのものを象徴するアイテムのようだと話す内藤さん。話を聞かせていただいたその横で、この日が二学期の始業式だったという夏休み明けの高校生たちのグループが足を止め、1時間ほど滞在。帰り際、「普段アートとかあんまり見ないけど楽しいですね。最高です!こんな場所がいつも栄にあったらいいのに」と感想を残してくれたのが印象的だった。

 

 

会場を中部電力MIRAI TOWER(旧:名古屋テレビ塔)北側の「テレビトーヒロバ」に移して行われた11月19日。この日の参加アーティスト、阿部多為さんは愛知県立芸術大学に在学中の若手作家で、普段は主に「人間と自然の境界」をテーマとしたインスタレーション作品を手掛けている。

 

「イベントのコンセプトをお聞きした時、まず〝落ち着く〟というイメージが沸きました。でもそれを都会の真ん中で体感するって難しいですよね。いろいろと試行錯誤をして、〝匂い〟を使ってみることで、こういう場所でも落ち着ける空間が作れるんじゃないかと思いました」

 

木材と帆布を使って組み立てられた三角の形をしたテントの中に、一脚の椅子を設置。アロマの香りを施し、都会の中で自然を感じられる空間を表現した阿部さんのインスタレーション作品は会場でも人気を集めた。

 

「テレビトーヒロバ」の会場
撮影:事務局撮影

 

阿部多為さんの作品
撮影:事務局撮影

 

「体験型の作品を試みたのは今回が初めてです。ビジュアルアートであれば展示しておくだけでも見てもらえるのですが、体験型だとそうはいかない。どうやって行動に導くかまでをデザインしなければいけないんですよね。今回はそこが大きな学びになりました」

 

ちなみにこのオブジェはテレビ塔とほぼ同じ縮尺で制作されているそうだ。足元に寄り添うように展示された姿がとてもバランスよく美しく感じられたのはそのせいだったかと納得。こだわりぶりに感心してしまった。チルの取り組みに対する思いについて阿部さんは、

「本来の目的はもちろん理解していますが、あえてそこを意識せず、寄り添いすぎない姿勢でいようと思いました。さりげなく落ち着ける空間を自分なりのかたちで提供できればいいなと。そこにこれまで自分が大切にしてきたテーマを盛り込んだのがこの作品です。実は今日のために下見を兼ねて数回チルの会場に来てみたんですが、その度に活動そのものがしっかり定着しているのを感じました」

 

この他、10月には名古屋学芸大学に在籍する川セマリンと高野遥のユニット『ぬくみ』によるパフォーマンスも行われた。彼女らは、ストーリーを重要視せず、脈絡のない言葉と身体の動きを連動させることで一つのリズムを立ち上げ、劇場に限らずさまざまな場所で実験的に作品を制作・発表するパフォーマンスユニットである。「アートでチルする?」開催日には、このように毎回多様なジャンルの若手アーティストの作品が披露された。

 

『ぬくみ』のパフォーマンス
撮影:事務局撮影

 

 

また今年度のチルには、アーティスト以外にもさまざまな立場の若者が参加していた。授業カリキュラムの一環としてボランティアとして来ていた名古屋市立大学人文社会学部の学生さんに、コラボ企画「アートでチルする?」の印象をうかがった。

 

「個人的にアートや芸術には興味がありますし、このような場にアートが存在しているとそれだけでポップな雰囲気が生まれて素敵ですね。まちの中にちょっと気になるものや目を引くものがあるだけで立ち止まるきっかけになりますし、アートにはそういう役割があるのではないでしょうか。とても意義のある取り組みだと感じました」

 

さらに、子どもや若者をとりまく社会的課題についての思いについて、

 

「こうした場に来ることができる子どもたちはほんの一部で、社会の中には精神的、経済的な余裕のない若者もいるし、スマホさえ持っていない子どももいることを忘れてはいけないなと思います。せっかくこのような取り組みが行われているのにそれを知る術のない子どもたちをどう救っていけば良いか。この授業を通して考えていきたいです」

 

今回のチルは、スタッフ、アーティストともに若い世代を中心に行われたため、参加者みんながそれぞれの立場で何かしらの学びを得る機会になっていたように感じる。スタッフとして参加していた大学生ボランティアの女性の言葉も非常に印象的で、この活動がさまざまな立場の人にとって大切な居場所となり、活動の成果が着実に広がっていることを実感した。

 

「私は高校時代に学校に通えなくなってしまった経験があり、いまは大学で若者の自立支援の研究をしています。自分が不登校だった当時、話し相手になってくれる人が欲しいと切実に思っていました。それもあって、今度は自分自身がそういう若者に寄り添える立場になれたらと思い、ボランティアを始めました。仲間がいて、自分の役割があると思えることが心の支えになり、いまではここが私自身にとって大切な居場所になっています」

 

 

昨年度(2023年6月〜2024年2月)14回にわたって開催された「#栄でチルする?」には1回約50名が参加し、定期的な開催を望む声が多数寄せられたという。今回の会場でも同様の意見が多く聞かれ、こうした活動への期待がますます大きくなっていることがわかる。協働企画として二年目の取り組みを終えた「アートでチルする?」もまた、回を重ねるごとに多彩な人々の関心を集め、学びや挑戦の機会として社会に貢献を果たしている。ひとりひとりが抱える事情、その時の心の状態を知ることなく、ただ無関心に人々がすれ違う都会の中で、ふと足を止めて心を交わす瞬間が相互理解につながっていく。そのきっかけとして、日常の中に〝異物〟として存在することのできるアートには大きな可能性と使命があるのではないかと改めて感じることができた。

 

(写真:三浦知也)