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2025.2.28
【調査研究】名古屋の文化芸術を支える人たち vol.1 武部敬俊さん
クリエイティブ・リンク・ナゴヤの2024年度調査研究の一環で「名古屋の文化芸術を支える人たち」のレポートの連載を開始します。
名古屋で鑑賞できる美術、音楽、演劇などの文化芸術に関連し、美術家、演奏家、舞踊家などの表現者や、美術館、文化施設、教育機関の企画者などに関する記事等は数多くありますが、イベントやプロジェクトを支えるマネジメントの担い手の紹介はそれにくらべると多くはありません。本調査では現在、名古屋の重要なプレーヤーとなっている方々の経験談から、文化芸術活動へのヒントを発見していただければと思います。
第1回 インタビュー:武部敬俊さん
撮影:関口威人
<プロフィール>
フリーランスの編集者。1983年、岐阜市生まれ。岐阜大学を卒業後、さまざまな編集プロダクションや出版社に勤務し、編集ノウハウを学ぶ。本業と並行して自主制作雑誌「THISIS(NOT)MAGAZINE」を企画・発行。2013年からWEBマガジン「LIVERARY」を立ち上げ、名古屋を拠点にカルチャートピックを日々発信・提案している。メディアの編集・運営のほか、イベントの企画制作、ショップのプロデュース、広告物や物販のグラフィックデザイン、アートワークまでを手掛け、広義における編集者として活動中。
<職種紹介>
編集者・プランナー・イベントプロデューサー・グラフィックデザイナー
カルチャー全般に対する幅広い知識と好奇心を持ち、人やジャンルをつなげて発信する。インタビューやライティングなどの編集的ノウハウをはじめ、デザインのスキルだけでなく、アウトプットの方法から提案できる柔軟なアイデアを持った企画力と実行力が求められる。
地域に根ざしたカルチャーメディア、ないなら自分たちで
僕は昔からサブカルチャーの雑誌が大好きで、そういうものをつくる仕事をしたいと思って出版業界を目指しました。
でも、東京の大手出版社への就職活動にはことごとく失敗し、地元の印刷会社で担当した地域情報誌は入社して2年ほどで廃刊になるなど、なかなかうまくいきませんでした。
その後、東京の編集プロダクションやイベント情報誌の編集部など業界内を転々とし、フリーターに。20代後半でグラフィックデザイナーになろうと思い立ち、たまたま受かった名古屋の自費出版専門の会社でブックデザイナーをしていたとき、市内で個性的な書店「ON READING」を経営している黒田義隆さんと、「名古屋には魅力的なクリエイターやアーティストがいるけれど知られていない。そういうシーンを紹介する地域に根ざしたカルチャーメディアがないからではないか?」という話で盛り上がりました。
1年ほど様子を見て、「やっぱりそういうメディアが出てこない。じゃあ自分らでやっちゃおうか!」といって立ち上げたのが「LIVERARY」です。
紙の雑誌では広がりの限界や印刷コスト的な問題があるから、WEBでやろうという方向は自然に決まったのですが、声をかけた知り合いのWEBデザイナーを含めて、みんなWEBメディアの運営に関しては経験がなく、手探り状態でした。
WEBメディアの研究から始めて、コツコツと記事を書いて発信すると、少なからず反響がありました。ちなみにメディア名はLibrary(図書館)のように情報や知識があふれ、人が集う場であると同時に、通常のWEBメディアが紙メディアに対して体温がないイメージがあり、それを払拭したい意味で「LIVE(生きている)」という単語を足した造語にしました。
名古屋にはコンサートホールや美術館などの文化拠点だけでなく、小さい場所に面白いコミュニティーがいっぱい散らばっています。クラブやライブハウスはもちろん、ラッパーから絵描きまでいろんなジャンルの表現者が集う居酒屋や、アーティストとのコラボやイベントも企画するハンバーガーショップ、デザイナーでDJの店主が営むタイカレー店など、独自のスタンスでカルチャーを届け、ファンを獲得しながらコミュニティーを形成しています。「LIVERARY」はそれらの動きをつないで可視化したいという思いがあります。
LIVERARY – A Magazine for Local Living
企画力でメディアをアピール、知名度上がる好循環
1年ぐらいやってみて手応えはあったのですが、だんだん運営メンバーにも疲れが見えて勢いが失速していきました。それぞれに本業を持ち、サイト運営だけでは収益化も考えていなかったからです。そこで周りから「武部くん、もう会社辞めてLIVERARYを背負いなよ」と言われました。
ちょうど僕も当時のデザイナーの仕事にはもう飽きてきていて、「LIVERARY」の方に意識が向いていたので会社を辞めました。もちろん、フリーランスで食っていけるという見込みは何もなかったんですが。
それからサイトのデザインをリニューアルし、ボランティアスタッフを募集して記事を書いてもらう人員を増やしました。学生や会社員など、これまでの10年間でおおよそ30〜40人が手伝ってくれています。
ライターはイベントのプレスリリースなどを基に記事を書き、僕が記事内容のチェックや校正をします。取材やインタビューをするときは基本、僕が担当します。
収益化に関しては、最初は他のWEBメディアにならってバナー広告を集めようと動きました。いわゆる営業をかける形ではなく、宣伝として自主企画や独自の特集記事なども発信していきました。その中で次第に取材に来てほしい、イベントの企画をしてほしいという仕事としての依頼が来るようになっていきました。イベントをする際には「LIVERARY」の名前をできるだけ売り込もうと、イベントタイトルに必ずメディア名やロゴを入れるようにして、とにかく名前を覚えてもらおうとしました。
すると、サイトの知名度も上がる好循環が生まれます。やがて「LIVERARYの制作・運営ノウハウを活かしてオウンドメディアをつくってほしい」という依頼が行政から来るようにもなりました。
面白い仕事、自分でつくり出せればオンリーワンに
イベントの企画・運営については、大学生時代に岐阜で開催されていた野外フェスのボランティアスタッフをして裏方を体験したことがきっかけでスタートしました。その後、自費出版でインタビュー誌をつくり始め、そこで取り上げたアーティストの魅力をもっと知ってもらいたいと、自主イベントを企画運営するなどしてきました。
サイトの方針とも共通しますが、アンダーグラウンドでやっている人たちのことを、その世界を知らない人たちにも知ってもらいたい。そうじゃないと続いていかないし、認知が広がっていかないと同じコミュニティーの中でのパイの奪い合いになってしまうと考えました。もっとパイ自体を広げなきゃと思い、アンダーグラウンドとオーバーグラウンドの両方を行き来する橋渡しのような役目を意識しています。
アンダーグラウンドといえば実際、栄の地下モールで企画したイベントは、もともとマルシェを開いてほしいという依頼だったのですが、ありきたりだと思ってクラブイベントを提案しました。いろいろクリアしないといけないルールや障壁があったものの、最終的に閉店後の地下街でライブ映像の撮影会をする形で実現しました。
■地下モールでのクラブイベント「LIVERARY presents Extra LIVE#1」
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久屋大通公園で16日間にわたって開いたイベントでは、工事現場のような巨大な壁で囲まれたショップをイベントの看板という位置付けで立て、その中でグッズ販売をしました。このイベントはミュージシャンもDJも、ショップもフード関係者も、ジャンルを横断して集う社会実験になりました。
あるとき、そんな僕らのイベントに遊びに来たことがあるという学生さんから、一通のメールが届きました。知的障がいを持つ弟さんがいるという彼女は、自分の友達も弟もフラットに交わり、楽しめるような、障がいのある人とない人が一堂に会することができる場を地元名古屋で一緒につくりたいという相談でした。
僕は福祉分野には明るくはなかったけれど、名古屋で障がい者の芸術活動を支援するNPOとのつながりは少なからずありました。それらの福祉団体に所属するアーティストと、普段からイベント出演をお願いしているようなアーティストたちを混ぜた新プロジェクト「!⇄!」(読み:インターチェンジ)を立ち上げ、クラウドファンディングで資金を募り開催しました。会期中に300人ほどの来場があり、良い形でスタートできたと思います。
静岡の福祉施設にチラシを持って挨拶に行った際、すでに知ってもらえていたことは嬉しかったです。これまでつながっていなかった新たな領域の人たちとつながることができ、これからも継続していけたらと考えています。
■障がい福祉イベント「!⇄!」
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現状として、メインカルチャーはいまだ東京に一極集中していて、名古屋だとカルチャー系の面白い仕事は量的に少ないことは事実です。仕事をお願いしたいレベルまで育ってくれたスタッフほど、名古屋に残らず東京へ出ていってしまう傾向があるのは、応援したい気持ちと残念な気持ちの半々ですね。そういう状況もあって、「BY」という名前のコワーキングスペース兼ギャラリーを2023年末にオープンしました。この場所を通じて、クリエイティブに興味のある若い人たちが名古屋に残ることができるようなコミュニティづくりにも力を入れていきたいと思っています。
ただ、いずれにしても名古屋で面白い仕事をしたいなら、自分で仕事をつくり出す力が必要な気がします。逆に言えば、東京に比べたら隙間はたくさんあるので、やりようによってはオンリーワンの立ち位置になりやすいようにも思えます。あとはそのクオリティーを保ちながら、継続すること。そのために常にアップデートしていくこと。今の仕事を通じて「名古屋って面白いよね」と中の人にも外の人にも言ってもらえるよう、これからも発信し続けていきたいと思います。
写真:LIVERARY提供
*冒頭ポートレイト除く
公式サイト
https://liverary-mag.com/
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