調査研究
インタビュー
人物紹介
2025.3.8
【調査研究】名古屋の文化芸術を支える人たち vol.3 草薙沢子さん
クリエイティブ・リンク・ナゴヤの2024年度調査研究の一環である「名古屋の文化芸術を支える人たち」レポートの第3回です。
名古屋で鑑賞できる美術、音楽、演劇などの文化芸術に関連し、美術家、演奏家、舞踊家などの表現者や、美術館、文化施設、教育機関の企画者などに関する記事等は数多くありますが、イベントやプロジェクトを支えるマネジメントの担い手の紹介はそれにくらべると多くはありません。本調査では現在、名古屋の重要なプレーヤーとなっている方々の経験談から、文化芸術活動へのヒントを発見していただければと思います。
第3回 インタビュー:草薙沢子さん
撮影:関口威人
<プロフィール>
中日新聞社事業局文化事業部社員。1981年、横浜市生まれ。慶応義塾大学文学部で美術史を、イギリスのレスター大学院で博物館学を専攻。2007年に中日新聞社入社後、東京本社事業局でスポーツ事業と文化事業を7年ずつ担当し、2021年から名古屋本社文化事業部に配属。主に同社が主催する美術展や文化イベントの企画・運営を担っている。
<職種紹介>
新聞社文化事業担当
地域の美術館や博物館で開催される展覧会などを、学芸員や研究者らと協力しながら企画・運営する。美術や文化に対する最低限の知識は必要だが、むしろ一般の目線で作品の魅力がどう伝わるかを考え、会場づくりや運営に反映することが求められる。予算の管理や契約交渉、関係者間の調整も大事な役割。英語力も必須ではないが、求められる場面は多い。その他にコンサートや落語、舞踏コンクールなどの舞台事業も手掛け、企画・運営・予算管理・各関係者との調整・広報の業務に当たる。
海外との契約交渉や予算管理も
直近では愛知県美術館で1月18日から3月16日までの会期で開かれている「パウル・クレー展 創造をめぐる星座」を担当しています。
クレー展は愛知県美術館が1992年の開館翌年にも企画展として開催しており、約30年ぶりの企画として同館と弊社が中心となって2018年頃から準備が始まりました。
コロナ禍前からの企画なので、海外とのやり取りに多少の影響はありましたが、この規模の展覧会の企画に5年以上の時間をかけるのはよくあることです。主要な美術館で開催しようと声を掛けると、空いているのは5年後、6年後ということも珍しくありません。
そうした準備の期間中に社内で担当者が交代することもあります。私も今回のクレー展は企画の最初から携わっていたわけではなく、途中で担当を引き継ぎました。
企画段階でどういった作家のどういう作品を集めるか、そしてそれをどうやって展覧会にするかを、我々新聞社やテレビ局が美術館の学芸員や研究者と一緒に考えていきます。
今回のクレー展には、学術協力としてスイスのパウル・クレー・センターが入っています。クレーの膨大な作品を所有するセンター側と、今回はどんな作品をどう展示しようかというやり取りを愛知県美術館の学芸員が中心となって進め、ではその作品を具体的にどう輸送するか、そのときの契約の内容はどうするか、借用料はいくらになるのかなどの交渉を私たちが進めました。
例えば予算面では、企画の立ち上げ段階から円安が進んでしまったので、円ベースだと借用料などが膨らみます。その分をどこで削るかなど、非常に現実的なソロバン勘定もしました。
「パウル・クレー展 ── 創造をめぐる星座」愛知県美術館会場風景
作品には最後まで責任、広報は観客の立場で
センター側とのやり取りは主にメールやオンライン会議でしたが、一度だけ私もスイスに渡航してセンターの関係者と借用やグッズの契約内容、輸送スケジュールなどについて直接話し合いをしました。やはり会って話した方が信頼度も増しますし、早いことも多いですから。
そうしたプロセスを経て、作品が日本に到着するときは感動というか安堵感があります。作品が空港から美術館に搬入されて、作品が入っている箱が開いて作品自体に問題がなく、壁にかかってようやく「無事に届いた」という実感を得られます。
展示の構成については学芸員や監修者が中心になって決めますが、私も会場づくりには立ち会い、会期中も何か問題があればすぐ対応できるようにします。愛知展に関しては弊社が愛知県美術館と実行委員会を組んで美術展自体の運営に関わっているので、特に開幕から1、2週間の入場者数や反応を見ながら、その後の運営に反映していきます。
今回は愛知の次に兵庫県立美術館と静岡市美術館に巡回します。各会場の主催者は変わりますが、会場間の輸送費など共通の予算で動く部分もあり、作品には所蔵先に返却されるまで我々が責任を持ちます。愛知展の運営をしながら、次の兵庫展に向けた準備にも入ります。
弊社の部署としては実働が10人ほどで、それぞれ掛け持ちをしながら2、3人で一つの展覧会を受け持つような体制です。新聞社なので展覧会の広報も社内でほとんど担い、ウェブ・SNS広告や交通広告なども展開します。その際は、あくまで観客の立場で考えることが重要になります。
美術展にはその作家が好きだったり、よく知っていたりする人だけが来るわけではありません。広告やチラシに使うメインビジュアルを決めるのにも、美術史的に大事だという視点は必要ですが、一方でどういうものが目を引いて、より幅広い人に来てもらえるかも考えなければなりません。それが新聞社にいる私たちの大きな役割だといえます。
名古屋で「美術好き」を増やすために
私自身、日本の大学で美術史を学んだ後、イギリスの大学院で博物館学を専攻しましたが、美術館や展覧会の運営に興味がありました。そこで、学芸員ではなくても美術展に関われる仕事があると知り、新聞社を目指しました。
入社後は早速、東京本社の事業局に配属されて文化事業を担当しました。その1年半後にはスポーツ事業に異動。マラソンや大相撲などを担当しました。
スポーツも文化・芸術も一つのイベントをつくるという意味では共通して、やりがいはありました。その後7年で出戻ることになり、続いて名古屋本社の文化事業部に移りました。
東京に比べると、名古屋はより地域密着の印象です。東京では企画が選ばれるところがありますが、名古屋では「この好きな美術館でこの展覧会がやっているから」という人が多いのではないでしょうか。だから私たちとしては、企画以外にも会場運営などの面でより気を付けなければいけないと感じます。
2021年に愛知県美術館で開催した「ジブリの大博覧会」ではコロナ禍のため全日、日時指定制を導入し、オンラインチケット販売システムの導入にも関わったのですが、地元の人たちにまだそうした形式が浸透していないことが分かり、工夫や改善をいろいろと重ねました。「お客さんはこういうふうに考えるから、スムーズに入場してもらうにはこうしなければいけない」と考えるのが主催者の務めだと知ることのできる経験となりました。
一方で、どこの施設も人材不足であるのが現実です。長期的に考えると、名古屋で「美術好き」をどう増やしていくかが課題だと思います。そのためにも、頻繁には美術展に行かないような人たちに足を運んでもらえるような企画を名古屋に持ってきたいです。
私のような立場は、美術に関する知識よりも、むしろ一般の人の目線で、美術に興味のない人にも「こういうところなら興味を持ってもらえるだろう」という想像力を持つことが大事になってきます。スポーツ担当のときも私自身はランニングイベントに参加したことがなかったので、なぜランナーは走ることに興味を持つのか、初めて走る人にはどういう運営がいいのかを考えました。
展覧会ならサブタイトルも大事です。例えば、必ずしも私が考えたわけではありませんが、ゴッホ展なら「響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」、相国寺展なら「金閣・銀閣 鳳凰がみつめた美の歴史」、そしてクレー展は「創造をめぐる星座」というサブタイトルが付いています。難しい漢字を使ってもダメだし、抽象的でもダメ、的外れでもダメ…。そこが一番難しいですが、求められるところかもしれませんね。
「ゴッホ展 ── 響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」(2021年)名古屋市美術館会場風景
中日新聞社 公式サイト
https://www.chunichi.co.jp/