調査研究
2025.5.8
【調査研究】文化芸術と他分野の連携活動事例 vol.1 AKIYA LOOK BOOK
クリエイティブ・リンク・ナゴヤのミッションである「文化芸術と他分野の連携を促進、波及効果の創出」をはかるため、2024年度調査研究として、全国各地で実施されている文化芸術と観光あるいはまちづくりとの連携事業の事例について関係者にインタビューを実施しました。調査先ごとに、全6回にわたってインタビューレポートをご紹介します。
第1回 調査先|AKIYA LOOK BOOK
美術・音楽×まちづくり (愛知県名古屋市)
個性的な文化拠点に
海外ミュージシャンのライブ会場にもなった個性的な雰囲気の金城市場を核として、長屋や古民家にアート、カルチャー人材が集まるまち。

いわゆるマルシェにとどまらず常に新しい展開をしている「金城市場」に注目し、その活動の背景や効果についてお話をうかがう。併せて、文化的要素が点在する周辺(名古屋市北区清水・尼ケ坂エリア)の長屋や古民家等の動向について、AKIYA LOOK BOOKの小田井孝夫さん・小田井康子さんにお話をうかがいました。
「AKIYA LOOK BOOK」ができるまで
――― 金城市場をはじめとした、名古屋市北区界隈での取り組みのきっかけを教えてください。
7〜8年前に金城市場をはじめとする北区清水〜尼ケ坂エリアの古い長屋や民家、ガレージ倉庫といった不動産を所有することになりました。早い話が遺産相続です。引き継いだ古い建物は売却や駐車場にするのが簡単な選択肢でしたが、古くとも面白く改造してくれる人がいるとはずだと思っていました。以前から、味わいのある古民家が取り壊されるのを見て残念に思っていたので、自分が所有してしまった空き家を活かし、この地域に面白い店や人を増やしたいと考えました。
まず、空き家をイラストで紹介する「AKIYA LOOK BOOK」を作りました。絵の心得はないけど、こんな感じでいいんじゃない。と手描きして、コンビニでコピーした全て手作りです。市内のイベントで面白そうな人に「お店を開くなら見に来てください」と声をかけて配りました。
手書きのゆるい感じが印象に残り、渡してない人にも人づてで情報が広がる反応を感じました。名古屋の素晴らしいところは知り合いの知り合いがすぐに繋がることです。
空き家紹介に載せるべき情報もわからなかったし、家賃も決めていなかったので載せていませんが、普通の不動産情報とは違う魅力を感じてくれる人や価値観が共有できる人に届けばいいと思っていました。絶対に興味を持ってくれる人はいるはずだって確信はありました。


まちの未来像を共有できるワクワクが強い人に、来てもらいたい
――― 空き家への入居者はどう決まっていくのでしょうか。
空き家への入居第1号は「コロッケ屋のみね」さんです。みねさんは、友人を通じて見た「AKIYA LOOK BOOK」に興味を持ち連絡をくれました。物件案内では、いきなり物件に行かず、私達が面白いと思うまちのスポットを巡りながら向かいました。岡本太郎デザインの釣鐘のある久国寺や魅力的な空き家、細い道など。物件はボロボロで自由に使っていいよって、普通の不動産屋とは全く違う案内が面白かったから、ここに決めたと言われました。
みねさんは美術大学出身で、古い長屋にも創作意欲を刺激されたようです。彼女が作ったお店は、古さを残しながら、新しいコロッケ屋として堂々とアピールしてみせる、まさにアートでした。「コロッケ屋みね」がオープンした後、平屋古民家を改装した「まなみ古書店」、コロッケ屋の同じ長屋に「食堂酒場ケケ」「クレープマルヤ」が次々とオープンし、空き家が埋まっていきました。
「AKIYA LOOK BOOK」の雰囲気を面白いと感じる人が集まり、狙ったわけではないですが、BOOKを通じてブランディングができたように思います。ビジネスライクな問い合わせはのらりくらりとかわし、共鳴する匂いがあう人に入居してもらいたいと考えていました。物件案内でまちを歩きながら、この場所の面白さに話がはずみ、未来像が共有できる、とにかく面白いことしたいよねっていうワクワクが強い人に入ってほしいと思ってました。
金城市場のコミュニティとアートの融合
――― いわゆるマルシェではない、金城市場での活動はどうはじまったのですか。
2022年秋、金城市場で初めてイベントを開催しました。ライブと本屋とマッサージ、飲食店が参加し、20~30人の人が集まりました。この場所で何かができそうだと、金城市場の可能性を感じる機会になりました。
2023年秋、イギリスのミュージシャン・ピンクシャバブのライブが転機になりました。SNSを通じて金城市場を知り、ジャパンツアーのハイライトに使いたいと連絡があったのです。お祭りのような雰囲気で出店者をたくさん呼ぶことを提案し、企画をすすめました。平日夜にイギリスの誰も知らないミュージシャンのライブに、本当に人が集まるだろうかと不安だったのですが、200人来たんです。食べて、飲んで、音楽を聴く、その雰囲気に参加者から好評の声が上がりました。
平日夜でも人が集まるのならば続けてみようと、2024年1月から月に一度「金城夜市」を開催することにしました。2月の夜市では「ファッション」をテーマに、チビっ子から高齢の方まで、地元の人たちをモデルとしたランウェイ・ショーも企画。そのときの盛り上がりから「花見」「沖縄」「健康」といった異なるテーマを毎回設定し、それに合わせて出店者さんも各々の個性を自由に発揮する。そんな金城夜市のスタイルが確立されていきました。テーマに関しては「このテーマならこんなこともできるよ」とワイワイと雑談の中で決まっていきます。みんなで話をしていると相乗効果で、楽しいアイディアが上乗せされていきます。私達がテーマを決めている訳ではなく「それいいね、採用!」と言うだけです。スケートボードやシルクスクリーン、プロレス、ライブ、美術大学生のインスタレーション、トークショーなど、様々な貸出しイベントも年10回以上開催しました。金城夜市のほか昨年5月に本のイベント”BOOK BOOK”を開催。その第二回が今年の5月5日に開催される予定です。
偶然同じ頃に尼ケ坂で活動を始めたアーティスト・鷲尾友公さんとの出会い
――― 清水・大杉・杉村地区一帯で「3月のメロディ」を実施した、鷲尾友公さんとはどういうつながりなのですか。
アーティストの鷲尾友公さんは、私たちがこの地域に来た時期と同じ頃、近所の尼ケ坂に当時あった銭湯「日の出湯」の横にスタジオを開設し、新たな活動を始めようとしていました。偶然同じタイミングだったんです。
出会いのきっかけは「AKIYA LOOK BOOK」を渡した方が「近くに鷲尾さんのスタジオがある」と教えてくれたことでした。すぐに鷲尾さんのアトリエに訪れ「初めまして」と挨拶しました。鷲尾さんは金城市場に興味を持っていて、勝手に中に入ろうとして怒られたことがあると聞いて驚きました。訪問時には「あの金城市場の大家さんですか?すごい!」とお互いに驚きの出会いでした。
その後、鷲尾さんは私たちの物件「白サッシ倉庫」を借りることになったのですが、彼は交流関係が広く、多くのアーティストや学生を集めています。2023年には鷲尾さんがクリエイティブ・リンク・ナゴヤの助成金を使って金城市場も会場の一つとなった「3月のメロディ」を実施しています。金城市場での「金城夜市」のフライヤーデザインは鷲尾さんが担当しています。彼のデザインは本当にカッコいい。彼も面白がってやってくれています。
個性的な金城市場の場の魅力
――― この地域にアート・カルチャー系のイベントが増えているのはなぜでしょうか。
金城市場や周辺エリアでアート・カルチャーの活動が増えている大きな要因は、イベントに関わるみんなが、自分たちの創意工夫で面白くしていこうとする、DIYの精神が広く根付いていることと、金城夜市の個性的で陽気な雰囲気からだと思います。私たちはできるだけ口を出さず、提案された企画に対して「ダメ」と言わず、実現できる方法を考えるようにしています。「小田井さんが好きそうだ」「頼めばやらせてくれるだろう」と思われているのかもしれません。
金城市場の「場」の空気と自由にできる許してくれる雰囲気が、この地域にアートやカルチャーを呼び込む魅力になっているのかなと思います。
かつて空き家だった場所に明かりが灯る
――― 清水・尼ケ坂エリアの印象は変わりましたか?
東京から引越して初めてこのまちや金城市場を見た時に「これはやばい」と感じました。自分世代が気軽に寄れる面白い店や場所が近くにない。静かといえば聞こえがいいですが、ある時代からまちの代謝がストップしたような停滞感に、息が詰まるような苦しさをおぼえました。そんな状況に新参者として何か刺激をもたらすことはできないか。初めの動機はそんな感じです。
金城夜市の活動をはじめて、当初は混雑して売り切れになることもありましたが、最近は安定しています。実は、以前は金城市場だけでしたが、近隣の出店者のお店と連動してオープンするようにしたのです。夜市開催日に、鷲尾さんの「SUNSHINE UNDERGROUND」を開放し、出店者もその日だけ別の人に店舗を任せる形で営業を続けます。それをフライヤーに掲載して市場と周辺を回遊しやすくしました。夜市の日には、夜のまちを歩く人々の姿が見られるようになり、すごい光景になったと思います。
最初に「これはやばい」と思った頃から、まちが大きく変わりました。イベント以外はいつもと変わらないものの、かつて空き家だった場所に新しいお店ができ、明かりが灯っているのを見るのは嬉しいことです。
アートのまちづくりを展開するためのヒント
――― どのような環境が整ったら、ワクワクするアートとまちづくりが連携した展開ができるでしょうか。
経済学者のアダム・スミスが「良いことをしようとするな。自己利益の副産物として社会の利益が生まれる」と言っています。要は自分の欲望に忠実であれってことですよ。こうすれば喜ぶんじゃないか、こうすれば人が来るんじゃないか、なんてことはあんまり考えずに、「こうしたい」という想いに忠実にいけばいいと思います。
金城市場と清水・尼ケ坂 ここがすごい!

AKIYA LOOK BOOK 小田井孝夫さん・小田井康子さん