【調査研究】文化芸術と他分野の連携活動事例 vol.2 三河市民オペラ制作委員会 | つながるコラム | クリエイティブ・リンク・ナゴヤ

調査研究

舞台芸術

2025.5.14

【調査研究】文化芸術と他分野の連携活動事例 vol.2 三河市民オペラ制作委員会

 

クリエイティブ・リンク・ナゴヤのミッションである「文化芸術と他分野の連携を促進、波及効果の創出」をはかるため、2024年度調査研究として、全国各地で実施されている文化芸術と観光あるいはまちづくりとの連携事業の事例について関係者にインタビューを実施しました。調査先ごとに、全6回にわたってインタビューレポートをご紹介します。

 

インタビューレポート6件全文と、調査全体を総括した事業報告書全文は、こちらからご覧ください。

 


 

第2回 調査先|三河市民オペラ制作委員会
音楽×まちづくり (愛知県豊橋市)

熱い想いが共鳴する
市民オペラ

三河地域の経営者たちが中心となり、質の高い本格的なオペラを運営する。舞台の情熱と観客の熱気が一体となり、感動的な市民オペラを生みだしている。

撮影:山本典義

 

音楽の専門家ではない経営者らが中心となり、企業や地域、行政を巻き込みながら市民オペラを制作していることに注目し、三河市民オペラ制作委員会の鈴木伊能勢さんはじめ制作委員会コアメンバーの6名に、三河市民オペラの活動や運営について、開催の意図や工夫、そして活動への想いをうかがいました。

 


 

心を震わせたことだけが生きて来た景色になる

――― 「三河市民オペラ」の取り組みについて教えてください。

 

きっかけは2004年の蒲郡市制50周年記念オペラ「カルメン」です。合唱団で参加した青年会議所の先輩から、2006年の豊橋市制100周年で「魔笛」を上演したいので手伝って欲しいと頼まれたのが事の始まりです。初めての取り組みは、チケットも完売し、赤字も出さず対外的には成功でした。しかし自分の胸も、みんなの胸も熱くすることは出来なかったのが悔しかった。このままでは終われないと、名称を三河市民オペラ制作委員会(以下、「委員会」)として地域と一体になった活動に変えました。メンバーは青年会議所、ロータリークラブ、学校の先輩・後輩の繋がりから声を掛けて集めました。観客の感動だけでなく、参画した人間すべての心を動かし、歓びを分かち合い、幸せになれるような舞台と運営を目指しました。2009年の「カルメン」はカーテンコールでお客様が立ち上がり、舞台と客席が一つになってみんなが感動してくれました。2013年「トゥ―ランドット」、2017年「イル・トロヴァトーレ」、そして2023年「アンドレア・シェニエ」と回を重ねています。

 

キャスト・スタッフ・お客様・協賛企業・街は一つのカンパニー

――― 三河市民オペラには誰がどのように関わっているのでしょうか?

 

オペラの上演や継続が目的ではありません。委員会は一回毎に立ち上げるプロジェクトチームで、継続は毎回の公演の結果です。またやろうよ、と言う人間が集まり、志を同じくする人をそれぞれ集めてくるのです。前回の問題点を把握し、現実を見つめ、その原因を突き詰めた上で、次は何を目指すべきか議論を重ねます。委員会はやりたい人が手を上げて、自分で考え、自分で行動するチームです。

 

演目は演出家・指揮者に相談し、委員会で決めます。合唱団とも相談しながら稽古日程を決めて行きます。ソリストを選ぶオーディションを公開にするのは公明正大に選ぶという意思表示です。

 

オペラにはキャスト、合唱団、オーケストラ、多くの裏方スタッフが関わり、何百という企業協賛や自治体の協力を得て、観客を迎えます。三河市民オペラはそういう大所帯で数年がかりのプロジェクトを共に成すカンパニーです。

 

両輪となって動く、経営と芸術の分業

――― 制作委員会は舞台づくりにどのように関わっているのでしょうか?

 

舞台は指揮者と演出家に任せ、委員会は運営と資金調達、チケット販売に専念します。演目を選ぶ段階で指揮者・演出家とは意思の疎通が出来がっています。信頼出来るキャストとスタッフとタッグを組んでいるから出来ることです。

 

経営者集団である委員会がマネジメントを行い、経営と舞台制作を明確に分けてすすめることで、舞台をつくりあげる人たちにとって力強いバックアップとなっています。これは三河市民オペラの特徴になっています。

 

熱く興奮して湧きかえる舞台と客席を見るために

三河市民オペラは、単にオペラを上演するわけではなく、舞台の熱と客席の熱を大切にしています。満席でなければ客席も舞台も熱を持ちません。私達には感動を与えてくれるキャストやスタッフへの敬意があり、感動する空気を一緒に創り上げてくれるお客様への敬意があります。舞台と客席への敬意が無ければ、主催者としての資格はありません。必ず満席の客席を用意して開幕を迎えたいと取り組んでいます。

 

――― 制作委員会の熱量を高め、カンパニー全体に広げるために

 

完売・満席はチームの掲げる必達目標です。しかし24人の委員会メンバーに販売ノルマはありません。売れる人間はどんどん売り、交友関係が狭く売れない人間は他の得意部門で自分の最善を尽くします。出演者にもチケットノルマなるものはありません。出演をお願いしながら販売を義務化するなど有り得ないと考えているからです。

 

委員会メンバーは「感動の舞台を創りたい」その想いをカンパニー全体に共有するため、地道に「伝える」行動を積み重ねます。

撮影:山本典義

 

――― キャストの熱量を高め、舞台制作の想いを共有するために

 

オーディションの募集要項には、三河市民オペラはこんな想いでオペラに取り組むつもりです、と明示しています。

 

  1. 熱く興奮して湧きかえる見たことの無い舞台と客席を見たい。
  2. オペラの魅力を幅広く深く、みんなに知らせたい。
  3. 感動を生み出してくれるキャストやスタッフに敬意を払い、必ず満席の客席を用意したい(全7項目から抜粋)。

 

稽古が始まればキャストやスタッフの送迎、会場の手配、食事の手配は全て委員会の仕事です。稽古が進む度に仕上がって行く舞台と熱を一緒に感じながら、チケットの販売と協賛広告集めにも気合が入って行きます。稽古の休憩は地元の果物や名産のちくわやおにぎりなどで、委員会とソリスト達、合唱団とで話に花が咲きます。上演が近づくと出演者やスタッフとの決起大会を行います。上演後には盛大に打ち上げを行い二次会、三次会と続きます。

 

――― 観客の熱を高め、ワクワクした気分で来場いただくために

 

熱い客席を創り上げるのは、熱い舞台を作り上げるための大事なポイントです。公開オーディションはそのためでもあります。お客様にソリストを選ぶ時から関わって欲しい。自分が聞いた、自分が評価したソリストが本番の舞台でどんな活躍を見せるのか、最後まで見届けて欲しい。審査員は指揮者と演出家二名だけ、そして200名のお客様は1名毎に採点し、コメントを記入します。採点表は直ちに集計され、審査員に届けられます。公演当日に客席に座って舞台に反応するのはお客様です。

 

上演までの事前のコンサートは6回、オペラセミナーは7回、地元紙でのリレーエッセイは14回、リレーインタビューは12回。あらゆる活動を通じて三河市民オペラのことを伝え、まちの空気を熱く盛り上げて行います。

 

チケットの7割は制作委員会メンバーが手売りし「オペラに興味はないが、お前が頑張っているなら買うよ」という関係が築かれます。直接手渡しでつながった人達は、舞台の奥に頑張っている関係者の顔が浮かびます。このようなつながりが、高いアンケート回収率や「胸が熱くなった圧巻のスタンディングオベーションです」という声につながり、観客の集まりや感動を生む要因となっています。

 

魂が震える得がたい感動が原動力

――― なぜそこまで、三河市民オペラに取り組むのですか。

 

委員会の仕事は99%が雑用です。宿泊の手配、会場の手配、送迎、チケット販売、協賛広告集め、補助金の申請、当日の受付、プログラムの作成など。しかし、チケットが完売した瞬間の感激、スタデイングオベーションを目の当たりにした熱い想い、受賞した祝賀会での感動など、大変だったことは忘れて心を震わせてくれたことだけが蘇ります。

 

委員会の仲間は苦労を共にした同志であり、ともに戦った戦友にもなります。異なる職業や年齢の大人たちが集まり、想いをひとつにして取り組む、非日常の修羅場を潜った掛け替えのない友がいることは喜ばしいことです。

 

また、私たちは音楽の専門家ではなく経営者です。オペラ制作のマニュアルはなく各自の経験やノウハウを活かして、チケット販売や協賛獲得などの困難に挑み、舞台を作り上げていきます。マニュアルの無い、正解の無い、未知の世界を創り出したい。そんな想いも原動力になっています。

 

市民、企業を巻き込んだ市民オペラを展開するためのヒント

――― どのような環境が整ったら、質の高い芸術活動と市民活動との両立連携が進むでしょうか

 

三河市民オペラの成功には、妥協を排除し目標を達成する力強いリーダーの存在が不可欠であり、志を同じくする委員会のチームワークが無ければ成し遂げられなかったでしょう。

 

一般的なヒントとしていうならば、「無償で、自分の時間を、このまちのために捧げる人が10人集まる」という状況が整えば実現可能かもしれません。まちづくりという言葉を口にする人はそうした活動に対して好意的で、仲間になれる可能性が高そうです。

 

三河市民オペラの挑戦

――― 次回公演はあるのでしょうか。

 

三河市民オペラは毎回新たにプロジェクトチームを組み、舞台を作り上げてきました。その成果が5回の継続と三河地域の文化度を高め、数々の受賞につながりました。現在は制作委員会コアメンバーが前回公演「アンドレア・シェニエ」をふりかえり、次の公演を実施するか否か話し合い、想いをまとめている段階です。

 

「心を震わせる景色をつくる」ためのプロセスに心を砕くことがたくさんあります。収支はチケット販売や公的助成だけでは賄えず、多くの個人や企業から賛同を得て協賛金を集め、赤字を出さずに運営するのが三河市民オペラのビジネスモデルですが、物価高など社会の変化に変革が迫られています。日本人のオペラ観を変え、未来にどうつなげていくべきか、そんなことを話し合いながら先を見つめています。

 

 三河市民オペラのここがすごい!


 

天皇即位式で国歌独唱した日本を代表するソリストが舞台を作り上げる仲間としてすぐ横にいる

 

合唱団の練習は公演1年半前から毎週あり公演4カ月前からは週2回午後1時から8時までになる

 

第26回三菱UFJ信託音楽賞受賞地域の人々を巻き込んだ活動やプロのオペラ歌手との共演が成功し「たぐいまれな公演」と高く評価された

 

三河市民オペラの合唱団の熱量はピカイチ!

 

チケットは完売・満席をめざし、7割が制作委員会による手売り

 

横槍が入っても雑音が入っても一切ぶれずに純粋にまっすぐにすすむ鈴木伊能勢委員長

 

公演当日、最後の1枚のチケットが完売になった瞬間チケット責任者の頭に祝福の鐘がカーンコーンと鳴り響いた

 


 

三河オペラ制作委員会
神尾翔さん・朝倉伸一さん・笠原元樹さん
佐藤裕彦さん・鈴木伊能勢さん・江口千尋さん

 

三河市民オペラ制作委員会
愛知県豊橋市を拠点に活動する市民オペラ制作団体で、2005年、豊橋市制100周年を記念して発足した「豊橋市民オペラ実行委員会」を母体とし、2008年に現在の名称に改称した。地元経済人を中心で構成され、オペラ制作の企画・運営から資金調達、広報活動までを行っている。プロの指揮者や演出家、歌手と、アマチュアの市民合唱団を組み合わせた公演が特徴で、地域社会の活性化にも貢献している。2013年「平成26年豊橋市・市勢功労者」や2018年「第26回三菱UFJ信託⾳楽賞」、2023年「第10回JASRAC音楽文化賞」、2024年「令和5年度愛知県芸術文化選奨文化賞」等、数々の賞を受賞している。公式ウェブサイト

 


 

■ インタビューレポート全文および調査報告書も、あわせてご覧ください。

【2024年度 調査研究】「文化芸術と他分野の連携活動事例」のインタビューレポートおよび報告書を公開しました