調査研究
舞台芸術
まちづくり
2025.5.15
【調査研究】文化芸術と他分野の連携活動事例 vol.3 一般社団法人 シアター&アーツうえだ
クリエイティブ・リンク・ナゴヤのミッションである「文化芸術と他分野の連携を促進、波及効果の創出」をはかるため、2024年度調査研究として、全国各地で実施されている文化芸術と観光あるいはまちづくりとの連携事業の事例について関係者にインタビューを実施しました。調査先ごとに、全6回にわたってインタビューレポートをご紹介します。
インタビューレポート6件全文と、調査全体を総括した事業報告書全文は、こちらからご覧ください。
第3回 調査先|一般社団法人 シアター&アーツうえだ
舞台芸術×観光・まちづくり(長野県上田市)
場づくりの挑戦
演劇に集中できる環境を整えながら、人をつなぐ場を作り、文化芸術と普通に生きている人との接点になる。

劇場にカフェとゲストハウスを併設した文化施設「犀の角」で、文化芸術が観光、福祉、地域など他分野とのつながりを持ちながら取り組んでいることや意図、成果などについて、一般社団法人シアター&アーツうえだの荒井洋文さんにお話をうかがいました。
劇場×カフェ×ゲストハウス
――― 「犀の角」について教えてください。
上田市の中心地・海野町商店街の一角にあり、劇場にカフェ、ゲストハウスを併設する民間の文化施設です。劇や音楽を鑑賞しながら、地域の人とアーティストや旅人が相互に交流できる、街に開かれた非日常空間です。2016年に開所したきっかけは、前職の公共劇場を辞めて地元に帰ってきたことです。劇場をやりたいという夢はあったものの具体的なイメージはなく、地元で仕事しながら演劇ができればと考えていた頃、昔から知っていたこの物件のオーナーに誘われて、活用アイディアを出すワークショップに参加しました。建物内に入った瞬間、ここなら演劇ができると小劇場にすることを提案したところ、思いがけず採用されたんです。しかし商店街の一等地のため、劇場だけでは経営的に成立しない。東日本大震災後のゲストハウスブームや大河ドラマ「真田丸」の影響による観光客増加があったので、ゲストハウスとカフェを併設することにしました。結果としてアーティスト、旅人、地域の人など多様な人が出入りする交流の場になりました。人々が交わり、新しい価値観や芸術と出会い、自分の信じてきた世界を見直す。未知なる世界との出会いが「犀の角」で生まれ、新しい価値となって上田から発信されていく、そんな場をめざしています。
劇場主になる夫婦20年の物語
――― 人生が大きく変わりましたね。
劇場をやるにも、建物の規模が大きくゲストハウスもあり結構なお金がかかる。私の器でできることではないという思いもあったんですけれど、これも演劇だと思えば面白いと思い直しました。劇場主になる夫婦の演劇を20年かけて上演すると思えばいい。妻も両親もそれで説得しました。これは本当の僕じゃなく、演劇の役が回ってきちゃったからやるしかない、そう捉えてやっています。2015年の4月から準備を始めてちょうど10年なので、今は半分が終わったところです。
多彩な演劇の場
――― 文化事業はどんなことをしているのですか。
自主事業と貸し館事業を行っています。貸し館では「タイアップ公演」という仕組みをつくり、上演に関する相談を受けたり、広報協力をしたりしています。ゲストハウスでの宿泊をセットにして、自分たちの拠点以外の場所で公演をしたいという方に応募いただき、月に1度ペースで実施しています。自主事業は、年に1~2回、予算を確保して作品を創り発表しています。落語会など小さな自主事業も定期的にやっており「犀の夜 + オープンマイク」企画は地域で地道に活動するアーティスト発掘の機会にもなっています。
「やどかりハウス」の物語
――― 犀の角での福祉分野との連携事業について教えてください。
コロナをきっかけに、徒歩5分圏内にある、犀の角、NPO法人場作りネット、NPO法人リベルテ、NPO法人上田映劇等が集まって、街中に雨風しのげる場所をつくっていこうと「のきした」という社会活動をはじめました。「やどかりハウス」をはじめ、子どもたちのやってみたいを応援するクラブ活動「うえだイロイロ倶楽部」や、月一回集まってみんなで食事を作って食べる「むすびの日」などの活動をしています。
「やどかりハウス」は、コロナ禍に入り、劇場やゲストハウスに人が来れなくなった頃、電話やSNSを通じた若者の生活相談を受けているNPO法人場作りネットの元島生さんから「電話やネットではなく、シェアハウスのようなリアルな現場で活動したい」という相談を受けて始めました。ちょうど劇場もゲストハウスも空いていたので、犀の角でよければ使ってみませんか、と提案したんです。しばらくして多くの人が、特に若い女性を中心に訪れるようになりました。
僕らは宿泊者として彼らを受け入れて、専門的な相談はNPOのメンバーが担当する形で連携しています。今では、支援を受けた人同士のコミュニティも生まれて、お茶会や「むすびの日」で犀の角のカフェに来てくれています。
互いが「生きにくさ」と向き合う
――― 「やどかりハウス」との連携は、アーティストにどのように見えているのでしょうか。
「やどかりハウス」利用者には、犀の角でのライブなどに触れて、予想以上の反応を示す人がいます。傷ついて人より苦労していたり、元々敏感だったりするから、ビビッとくるのでしょうか。アートや芸術と彼らは相性がいいんだと思います。
彼らの反応には深い孤独みたいなものがあり、僕らアーティストの側も、孤独や絶望みたいなものをベースに作品として社会に提示したり、社会と繋がったりする手段としてアート活動をしています。自分と同じような匂いの人たちが来るんだろうと思ったし、だから彼らが劇場にいても何の違和感もない。心の深いところで通じる人に出会い、互いにしんどいのは自分ひとりじゃないと思えるのは、嬉しいことです。
アートと福祉が交わって共創へ
――― 他の団体とはどのようにつながっているのでしょうか。
犀の角から歩いてすぐのところに上田映劇というミニシアターがあります。NPO法人アイダオと上田映劇の協働事業として「うえだ子どもシネマクラブ」という取り組みをされています。僕らも「うえだイロイロ倶楽部」という子どもたちのやりたい思いを大切にして大人と一緒にやってみるという活動をしているので、互いに行ったり来たりの連携をしています。NPO法人リベルテは、代表の武捨和貴さんと2014年に信州大学の地域戦略プロフェッショナルゼミで出会い、障害を持つ人が社会との接点を持つ方法として何か一緒にできることがないか色々と模索してきました。リベルテの利用者の方に犀の角のカフェでコーヒーを出してもらったこともあります。今は、犀の角のスタッフがリベルテ施設に通い、連携した文化事業をするようになりました。リベルテにとっては、犀の角が関わ ることで障害を持った方の社会との接点が増えていると思います。僕らにとっては、人の生活に近い視点で、創作や劇場の幅が広がる機会になっています。
文化芸術がまちに展開するためのヒント
――― どのような環境が整ったら、文化芸術分野とまちづくり、福祉など他分野との連携が進むと考えますか。
僕らの活動の中心は演劇ですが、経済的な理由で併設したカフェやゲストハウスが人を集める「のりしろ」みたいになりました。例えば神社は、滅多に人が入れない神殿という聖域と、外につながる参道に土産物屋などが並ぶ俗世的な領域が一体となった場です。犀の角の場合、劇場部分が聖域、カフェやゲストハウスが俗世です。
演劇作品を創る時には集中した環境が必要です。ノイズをカットして試行錯誤する作業は、神社の聖域のように閉じた場所で純度や精神性を高めて行います。一方で俗世はできるだけ門戸を開いて外につなげる。それが一緒になる場所が、この劇場のあるべき姿で、僕は間に立ってコーディネートする役割だと思っています。
「やどかりハウス」の心に重いものを背負った利用者に、舞台美術のペンキ塗りを頼んだら黙々とやってくれました。全く話さなかった人が「次は何をしましょうか」と聞いてくれる。「芝居を見てよかった」と言って帰ってくる。稽古場を見ていい反応をする。自分も演劇を始めたきっかけは、たまたま音響の手伝いをして面白いと思ったからです。そういう偶然のきっかけがすごく大切だと思うんです。演劇なんて好きじゃないと言いながらハマることだってある。そういう機会をどれだけ作れるかと考えています。
演劇や芸術が誰のものかと考えたら、普通に生きている人たちが接点を持てるようにしていくべきだと思うんです。そういう場をいかに作るか、それが芸術がその分野に閉じずに外に向かうためのヒントだと思います。
犀の角のここがすごい!
一般社団法人シアター&アーツうえだ
荒井洋文さん
■ インタビューレポート全文および調査報告書も、あわせてご覧ください。