アトリコナゴヤ
パイロット事業
インタビュー
2025.9.12
アトリコナゴヤ③「既存の『境界』を揺るがしたり、乗り越えたり、つくり変えたりする点に魅力を感じます」 – 作曲家 安野太郎さん
クリエイティブ・リンク・ナゴヤがこの度スタートする特集記事「アート・リコメンド・ナゴヤ(アトリコナゴヤ)」は、名古屋をもっと楽しむための文化芸術ガイドです。芸術の秋、「国際芸術祭あいち2025」も開催される本年は、名古屋でもさまざまなアートイベントがめじろおし!その中で何を観に行こうか迷っているあなたに、その道のプロフェッショナルの方々が、美術・音楽・舞台などから推しのイベントをリコメンドします。
第3回は、作曲家で愛知県立芸術大学准教授の安野太郎さんです。
安野太郎さん プロフィール
1979年、ブラジルと日本のハーフとして東京都に生まれる。2002年、東京音楽大学作曲科卒業、2004年に情報科学芸術大学院大学(IAMAS)修了。現代音楽、電子音楽などの創作を経て、近年はテクノロジーを軸に音楽のあり方を根底から考え直す作品を数多く発表している。代表作に、自作自動演奏機械のための音楽「ゾンビ音楽」シリーズや「大霊廟」シリーズがあり、国内外で活動を展開している。2017年、ワルシャワの音楽フェスティバル「Radio Azja」でソロコンサートを開催。2019年の第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展では日本館代表作家の一人に選ばれた。
私のリコメンド 1
シアターウォーク/A Walk in Theater
会場|メニコン シアターAoi
日程|9月15日(月・祝)〜20日(土) *16日は休演日
Webサイト|メニコン シアターAoi
問合せ|公益財団法人メニコン芸術文化記念財団 info-aoi△meniconart.or.jp(「△」を「@」に置き変えてください。)
音だけではなく、それを取り巻く環境も含めて作品にする先鋭的な音響作家として知られる梅田哲也さん。私は2016年に自分も参加した韓国・光州の Asia Culture Center でのイベントで彼のパフォーマンスを観ました。公演準備中のオーケストラがステージごと舞台の下へ沈んでいくなど、トラスや舞台装置、照明や音響といった劇場の機械システム自体をダイナミックに動かしてみせる作品でした。
今回の新作は「劇場の舞台裏など、普段は立ち入ることのない場所へと誘うツアー型のパフォーマンス」と銘打っていますが、絶対に普通の舞台裏見学ツアーにはならないはず。彼がメニコン シアターAoiという場とともにどんな表現をつくり上げるのか、期待が膨らみます。
私のリコメンド 2
多様性を包括する市民参加型 クリエイティブワークショップ !⇄!(インターチェンジ)
会場|金城市場
日程|11月28日(金)~29日(土)
Instagram|@inter._.change ※10月より詳細公開予定
昭和30年築の市場をリノベーションしたスペースを活用し、「障害のある人もない人もフラットに交わる」を標榜するフェス。名古屋出身で東京の大学に通う加藤海凪さんと、名古屋のカルチャーメディア「LIVERARY」の武部敬俊さんが仕掛け人で、DJやライブ、フードやアパレルの出店もあります。
昨年は私も愛知県芸の学生たちと参加し、90年代のビートロックを再解釈した「DEATHRO」という個性的なミュージシャンに出会うなど、観客としても存分に楽しみました。今年は県芸の大学院生であり、聴覚障害の当事者でもある作曲家の杉野智彦さんが、録音してきた街の人の「声」をサンプリングして新しい曲をつくる試みが予定されているそうです。
私のリコメンド 3
緩芸縁日
会場|SLOW ART CENTER NAGOYA
日程|11月21日(金)~11月30日(日)
Webサイト|SLOW ART CENTER NAGOYA
問合せ|Webサイトのお問い合わせフォームへ
名古屋・栄の名古屋市教育館跡地に昨年3月オープンした施設で開かれる野外音楽ライブ「Urban Concrete Orchestra」を含めた実験企画。私も今年8月の第1回を鑑賞しに行ったところ、都会のビル群に囲まれた人工芝の庭で寝そべって、ビールを飲みながら夕暮れのひとときにライブ演奏に耳を傾けられる素晴らしい体験となりました。
ライブやコンサートというと、演者が誰かとか、どんな曲目がかかるかに注目しがちですが、街の日常とイベントの非日常が混ざり合う不思議な体験ごと味わっていただきたいです。施設内にはサウナもあり、イベントの前後に行けるのでサウナ好きにはたまりません!
私のリコメンド 4
丹羽菜月 作品個展vol.2
会場|HITOMIホール
日程|10月30日(木)
問合せ|丹羽菜月 nwnt.contact△gmail.com(「△」を「@」に置き変えてください。)
愛知県立芸術大学の博士後期課程を一昨年前に修了したばかりの作曲家・丹羽菜月さんは、日本で古くから歌われてきた労働歌の一つ「木遣り」をフィールドワークで研究。そこから得た着想を西洋音楽の理論や形式と組み合わせて作曲するという、「名古屋のバルトーク」と呼ぶに相応しい才能の持ち主です。
作品のキーワードは「ヘテロフォニー」。同じメロディーを複数人で歌う際に、合唱のようにぴったり合わせるのではなく、少しだけズレを生じさせる音楽形態で、木遣りなどアジア圏の民俗音楽によく見られます。今回は名古屋で受け継がれてきた「平針木遣り」に触発された新作も発表されるそうです。
私のリコメンド 5
Crossboundary XIII ~ルネサンス・ハープの革命「DIMINUTIONS」
会場|愛知県芸術劇場小ホール
日程|12月6日(土)
Webサイト|愛知県芸術劇場
問合せ|seainxproject△gmail.com(「△」を「@」に置き変えてください。)
国内外で活動する作曲家による公演。2022年の国際芸術祭「あいち2022」で招待作曲家として舞台芸術作品『シネクドキズム3』の構成と演出を手がけ、高い評価を得た今井智景さんです。企画団体「Seainx project」も主宰し、名古屋を拠点に現代音楽のコンサートやマスタークラスも開催しています。
『Crossboundary』は Seainx project のメインとなる活動で、1つの楽器に焦点を当てて現代音楽の魅力を発信するもの。今回はベルリンから奏者を迎え、イタリアの古楽器「アルパ・ドッピア」というハープを取り上げます。チェンバロや映像とも組み合わせながら、新たな音楽の見方や聞き方を示してくれることでしょう。
ナゴヤにコメント
名古屋は東京と大阪という大都市の間にあるせいか、文化や芸術の中心とされている価値観に対して批評的な作品やアーティストが多い印象です。それも、あからさまに疑義を申し立てるというよりは、斜めの方向から新たな視点を提示するような。
例えば「ダイバーシティ」や「ボーダレス」を謳う催しは、それによって新たな壁を作ってしまったり、過剰に慈善的な側面にフォーカスされてしまったりと難しい面があります。しかし「!⇄!」での加藤さんや武部さんは、その理念と現実の矛盾というジレンマに真正面から向き合った上で、「人はそれぞれ本当に同じものを見たり聞いたりしているのだろうか?」と別の次元から問いかける場をつくり、アートの力で葛藤を軽やかに乗り越えてみせます。
このように、今回紹介した公演はすべて既存の「境界」を揺るがしたり、乗り越えたり、つくり変えたりする点に魅力を感じます。演者と舞台、障害者と健常者、日常と非日常、民謡とクラシック、古典と現代音楽など、東西の境目の上にある名古屋ならではの表現という点から楽しんでみると、また違った発見があるのではないでしょうか。