採択事業紹介③  鷲尾友公デザイン研究室・企画 「三月のメロディ」 | つながるコラム | クリエイティブ・リンク・ナゴヤ

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2023.3.22

採択事業紹介③  鷲尾友公デザイン研究室・企画 「三月のメロディ」

クリエイティブ・リンク・ナゴヤの2022年度助成事業において、「社会連携」をテーマに採択された事業を4回にわたってご紹介します。主催者の皆さんの、各分野との「つながり」についてインタビューしました。

第3回は名古屋市北区でのまちなかイベント「三月のメロディ」を主催するアーティスト・鷲尾友公さんにお話を伺いました。

 

 

【イベント概要】

事業名:鷲尾友公デザイン研究室・企画 「三月のメロディ」

実施者名:鷲尾友公(わしお ともゆき)

日時:2023年3月18日(土)11:00~22:00

会場:名古屋市北区清水・大杉・杉村地区

内容:地域交流の場としてアーティストが改修を進めている倉庫を中心に、地域各所で日常的に行われている活動を垣間見、回遊するイベントを行います。

当日は各種ワークショップやアート展覧会が催され、キッチンカーやタイの三輪タクシー「トゥクトゥク」もまちを走る予定です!

 

 

【インタビュー】

鷲尾友公さん

 

 

改装中の倉庫の前で語る鷲尾友公さん。現在は「白冊子倉庫」だが、イベント時には新たな名称が付く予定

 

 

——助成事業でイベントを開催する名古屋市北区の清水・大杉・杉村地区はどのようなエリアですか。

 

 1970年代には市場や銭湯、映画館、陶器屋などがあり、にぎわいのある街だったと聞いています。しかし、古くなってしまった建物は取り壊されて駐車場などに替わり、空き家も増えてきています。名古屋全体を見ても、今やどこも同じような商業施設や高層建物が立ち並ぶようになっている。果たして、これがまちづくりの正解だろうか。かっこいいことなのか? このままで大丈夫なのか? そうした問いかけが根本にあります。

 一方で、最近この地区にはアート、音楽、食などに関わる若い世代が集まってきて、おもしろい場に変わってきています。そこで、この街を使ったイベントを企画しました。

 

 

——そうした人たちが集まってきたのはどうしてですか。

 

 空き家を管理している大家さんが、夢のある若者に物件を貸して後押ししてくれています。店を持ちたいという希望を叶えたコロッケ屋さんや、カレーが名物の店、アートスクール、古書店などができました。僕は清水地区の倉庫を借り、改装中です。

 

 

——どんな倉庫なのですか。

 

 きっかけは2021年夏、倉庫の2階に大きな絵を飾れるギャラリーをつくりたいなと思ったことです。自分の作品や、講師を務めている名古屋造形大学の学生の絵を並べてもいいし、それを見に来てもらって交流の場にするのもいいなと。完成のイメージ画像をタブレットで描いて、古材をもらってきて、電気工事などは職人さんの手も借りつつ、理想の場所をつくっているところです。

 

 

鷲尾さんが作成した倉庫のイメージ画像。完成したら、「ヒミツ基地」ならぬ「シミズ(清水)基地」に

 

 

——このギャラリーを中心として318日にイベントが実施されるわけですね。

 

 助成事業を活用して「設営のための空間づくり」を行い、イベント「三月のメロディ」を企画しました。倉庫の2階には作品を展示し、1階にはカウンターを製作中です。若者たちがサンドイッチなどを販売して“倉庫番”をしつつ、来場者とのコミュニケーションや交流を行う空間にできないかなと考えています。倉庫の庭ではキッチンカーの出店や映画上映などを行う予定です。

 イベントは、清水・大杉・杉村地区を回遊して、この町の日常である食・音楽・パフォーマンスを体感してもらうもの。先ほど挙げたお店や、イベント当日にプレオープンするクレープ屋さんをまわったり、ライブやワークショップを楽しんだり。大家さんによる町案内もあるし、トゥクトゥク(タイで普及している三輪自動車のタクシー)も登場しますよ。

 

 

——「三月のメロディ」に込められた意味を教えてください。

 

 3月はイベントのある月ですし、メロディは一般的な意味の通り、音楽。この町に住むミュージシャンによるライブを行い、もし可能なら倉庫にピアノを持ち込んで街角ピアノのように自由に弾けるようにしたいと考えています。もう一つ大切な意味は「生活の音」。工事の音、子どもたちの声、あるいはクレームも音の一つになるかと。町にある音すべてです。メロディは、ある人にとっては「日常」だけど、別の人には「非日常」ということもある。それぞれ異なる日常と非日常をどう融合するかが大きなテーマですね。

 

 

2階はギャラリー、1階に交流の場を製作中。2階奥には鷲尾さんの作品を展示している

 

 

——アーティストとして町に関わる活動は、早い時期から取り組んでいたのですか。

 

 初めの頃はクラブのフライヤーなどを作らせてもらって、モテたいって気持ちが大きかったし(笑)、いつか海外で展覧会を開きたいって意気込んでいました。でも最近は世の中に対して“説教くささ”みたいなものを持ち、こういう社会ではダメなんじゃないかと感じるようになって。だけど、ネガティブな気持ちでいるより、居心地の良い場を自分自身でつくる方がいいのではないかと考えたんです。それから、町の中に製作の場、交流の場をつくる活動にシフトしていきました。

 

 

——場づくりの原点は何だったのでしょう。

 

 強烈だったのが、展覧会のために訪れたキューバのハバナでの体験です。絵を描こうと缶スプレーを探して通りを歩いていたとき、ある建物の前に若者たちがいたので声をかけました。話をしていたら「明日もまたおいで」と言われて同じ場所を訪ね、仲良くなっていきました。みんな仕事は何をしているかわからず、食べ物は国からの配給だったのに、手料理でもてなし、あちらこちら案内してくれて…。それでいて展覧会に来てくれたときは、パリッとしたシャツできめているんですね。多くの人は長屋に家族で暮らし、子どもはコミュニティーで世話をしていて、外国人がやって来たらわいわい集まってくる。大人も子どもも好奇心にあふれ本当に楽しそうで、まさに「生きている」というエネルギーを感じました。強烈な印象のまま帰国して思ったんです、ルールに縛られず、自分が本当に望むことをしようと。「もっと人間らしく」を追い求め、街に溶け込み、地域の人とコミュニケーションを取って関係を築くことを大切に考えるようになりました。ちなみに缶スプレーを手に入れるのに3日かかりました。

 

 

——それが今の活動につながっているわけですね。

 

 街で生活し、街でつくるということが今の僕には重要です。これからも、ここにいる仲間たちとそれを続けていきたい。そして、今まで得てきた経験、情報、スキルを、ほかの人たちに分け与え共有したい。それが恩返しであり、場づくりにもつながっています。