【活動レポート】クリエイティブ・リンク・ナゴヤ 設立記念シンポジウム | つながるコラム | クリエイティブ・リンク・ナゴヤ

活動レポート

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2023.4.6

【活動レポート】クリエイティブ・リンク・ナゴヤ 設立記念シンポジウム

2022年10月にスタートした「クリエイティブ・リンク・ナゴヤ」。名古屋で行われている多様な文化芸術活動を、その担い手の芸術家や関係者の皆さまとともにより活性化し、まちの魅力づくりにつなげていくことを目的に、名古屋市が設置した中間支援組織です。
2022年12月には設立記念シンポジウムを開催し、今後のクリエイティブ・リンク・ナゴヤの方向性についての有意義なディスカッションが行われました。このたびその内容をレポートにまとめました。

 

と き:2022年12月9日(金)13時30分-15時
ところ:名古屋コンベンションホール 大会議室406 (グローバルゲート4階)

 

*登壇者の肩書は当時のものとなります。

 

■プログラム
【1】開会あいさつ
【2】理事長あいさつ
【3】概要説明「クリエイティブ・リンク・ナゴヤの目指すもの、特徴、事業方針」
【4】パネルディスカッション「クリエイティブ・リンク・ナゴヤへの期待」

 



【1】 開会あいさつ

名古屋市 副市長 松雄 俊憲

名古屋市では文化芸術をより推進するため、2021年10月に「文化芸術推進計画2025」を策定しました。この推進計画において、「豊かな未来を創造する3つの重点項目」を掲げており、その1つ目として名古屋版アーツカウンシルがあります。アーツカウンシルは東京、横浜、浜松、新潟などが先行していますが、名古屋独自のアーツカウンシルを推進するため、クリエイティブ・リンク・ナゴヤを設立するにいたりました。これによって、多様な創造活動や文化芸術と他分野の連携・波及効果の創出に向けた取り組みを支援し、市民の生活に楽しみや心の豊かさを育み、名古屋の活力・魅力の向上を図りたいと考えています。

 

名古屋市 副市長 松雄 俊憲

 

【2】 理事長あいさつ

クリエイティブ・リンク・ナゴヤ 理事長
株式会社メニコン 代表執行役社長 田中 英成

クリエイティブ・リンク・ナゴヤの重要な役割として、助成・支援事業、パイロット事業、調査研究・情報発信という3つの柱があります。
経営の根幹はマネジメントであり、またデータを分析するサイエンスでもありますが、経営にはカルチャーも非常に重要となります。この3つが融合して、本当の意味での良い経営ができると考えています。文化が果たす役割は非常に大きく、文化のないところに人は育ちません。クリエイティブ・リンク・ナゴヤの活動を通じて、世界から尊敬される水準まで名古屋のカルチャーが引き上がれば、将来の発展に加え、産業振興、商店街の発展やまちづくりにもつながっていくと感じています。
残念ながら、日本の企業や行政は文化に対してこれまで資源をあまり投下しておらず、文化支援の予算も他国と比較して少ないと聞いています。そのような中で、名古屋が全国に向けて問題を提起できる環境をつくり、「文化をもっと発展させよう」と声に出していくことができればと思います。

 

クリエイティブ・リンク・ナゴヤ 理事長
株式会社メニコン 代表執行役社長 田中 英成

 

【3】 概要説明「クリエイティブ・リンク・ナゴヤの目指すもの、特徴、事業方針」

クリエイティブ・リンク・ナゴヤ 事務局長
名古屋市観光文化交流局文化芸術推進課長 徳永 智明

■名古屋市の文化行政

歴史をたどると、江戸時代には「芸どころ名古屋」という言葉があるように、名古屋は武家のたしなみとして芸が盛んな地域であり、町民文化においても歌舞伎や長唄などの娯楽が盛んでした。また、名古屋はならいごとが多い街だと評されており、お茶やお花、フィギュアスケートなど、ならいごとの文化が非常に盛んな地域といえます。市民文化が根強く、名古屋市の文化行政もそれに呼応しながら取り組んできました。例えば300~400人規模のホールを各行政区に1つずつ設けており、これは政令指定都市の中でも非常に特徴的です。
名古屋市はこのように、これまで活動の場づくりに力を入れてきましたが、今後の将来を考えると、ハードとともにソフトについても考えていかなければなりません。ソフトと人づくりが伴わなければ文化は継承・発展されないという問題意識を持つ必要があると認識しています。

 

■名古屋版アーツカウンシルの概要

名古屋市の文化行政の系譜、および日本の文化政策の潮流や国内各都市の動きなどを背景に、名古屋市は2016年からアーツカウンシルの調査を重ねてきました。そして、新たな文化芸術の価値の創造を通じて都市の活力・魅力を向上させることを主目的に、名古屋版アーツカウンシルの中核をなす新たな推進団体として、クリエイティブ・リンク・ナゴヤを設立しました。人の心を育む支えとなる力が文化芸術にあるという認識の下で、以下の3つを設置目的として掲げています。

  • 専門的かつ長期的な視点による支援・評価・調査研究等の仕組みを構築する
  • 市民・文化芸術団体等が多様な創造活動や名古屋の文化・歴史資源の磨き上げ、文化芸術の活用による社会的課題の解決に向けた取り組みを支援し、新たな文化芸術の価値の創造を促進する
  • 文化芸術を通じて生活に楽しみや心の豊かさを育み、都市の活力・魅力の向上を図ることで、市民ひとりひとりと豊かな未来をともに創造していく

 

名古屋版アーツカウンシルの体制は、クリエイティブ・リンク・ナゴヤと文化芸術評議会の2つの組織体がそれぞれの役割を担い、有機的に機能することで目標を達成していくことが最大の特徴です。名古屋市の課題として、これまで文化政策の提言機能を持つ常設の会議体がありませんでした。今回、市への政策提言の機能を強化する機関として文化芸術評議会を設置することは、名古屋市の新しい行政の形となり、大きな転換点と考えています。
また、クリエイティブ・リンク・ナゴヤの理事会の理事の一部が、文化芸術評議会委員を兼任します。そして、取り組みをけん引するディレクターが理事会の理事および文化芸術評議会委員を兼任することで、クリエイティブ・リンク・ナゴヤの現場感覚を文化芸術評議会に直接つなげ、政策提言に生かしていく仕組みを構築しています。

 

クリエイティブ・リンク・ナゴヤは、事業計画、予算等の検討・承認を行う意思決定機関の理事会と、実務を担う事務局からなる任意団体になります。また、文化芸術評議会は、クリエイティブ・リンク・ナゴヤの取り組みから得られた各種情報を生かして、名古屋市への政策提言・助言・評価を行う機関として位置付けています。将来的に、クリエイティブ・リンク・ナゴヤは法人格を有する自立した団体に、文化芸術評議会は名古屋市の条例に規定する付属機関にすることを想定しています。

 

クリエイティブ・リンク・ナゴヤの事務局チームには、専門人材として6名を公募採用し、行政と一定の距離を保ちながら、より専門的見地から文化芸術を支援します。また、ガバナンスを担保するために、名古屋市職員も一定関わる仕組みとなっています。
このような仕組みの下に、名古屋版アーツカウンシルでは目的達成のためのミッションとして以下の3つを掲げています。

 

  • 文化政策に係る市への提言機能の強化
  • 文化芸術と観光・まちづくりなど他分野の連携・波及効果の創出
  • 専門的見地による市中の文化芸術活動への戦略的な支援

 

■クリエイティブ・リンク・ナゴヤの機能・役割

クリエイティブ・リンク・ナゴヤには3つの機能・役割を用意しています。1つ目は助成・支援です。芸術家・文化芸術団体等の活動を専門的見地から支援をし、名古屋の文化芸術の魅力を向上させ、国内外に発信します。助成だけではなく、伴走型支援を行うことを柱としています。
2つ目はパイロット事業です。観光・まちづくり施策等と連携した先駆的な事業や人材育成プログラムを企画立案し、他分野との協働を促進します。相乗効果が生まれるような取り組みをパイロット的にできないか模索したいと考えています。
3つ目は調査研究・情報発信です。クリエイティブ・リンク・ナゴヤが担う各事業の効果検証や政策立案に必要な情報を取りまとめて発信します。文化芸術の情報に関しては、どの部分にどれほどのニーズがあるかという統計がないため、クリエイティブ・リンク・ナゴヤの活動を通じて、リンク機能をより高めていきたいと考えています。
今回、クリエイティブ・リンク・ナゴヤでは、現場経験豊かな専門人材を採用し、事務局チームが一丸となって取り組む体制を構築しました。事務局チームは、事務局長の下にディレクター1名、副ディレクター1名、コーディネーター2名、総務スタッフ3名という構成になっています。このうち、事務局長および総務統括が市の職員です。
現在、取り組みの第1弾として「2022年度クリエイティブ・リンク・ナゴヤ助成事業」での4種類の助成募集を実施しており、今回の実績および成果を今後の助成事業の立案に生かしたいと思っています。

 

【4】  パネルディスカッション「クリエイティブ・リンク・ナゴヤへの期待」

■パネリスト

大分県芸術文化スポーツ振興財団 三浦 宏樹
クリエイティブ・リンク・ナゴヤ 理事 梶田 美香(名古屋芸術大学 教授)
クリエイティブ・リンク・ナゴヤ 理事 古橋 敬一(愛知学泉短期大学 講師)
クリエイティブ・リンク・ナゴヤ ディレクター 佐藤 友美

■モデレーター

一般社団法人芸術と創造 代表理事  綿江 彰禅

 

 

■パネリスト紹介

梶田 私は現在、名古屋芸術大学に勤務し、舞台芸術領域の主任を務めています。文化政策やアートマネジメントが主な専門分野で、特にアウトリーチを専門に研究しています。出自は音楽大学のピアノ科を卒業して演奏活動から始まり、名古屋を中心に演奏活動を行っていました。その中で、音楽活動がどのような形で社会に関わるべきかについて疑問を抱き、一般の大学に入学して博士を取得した経緯から、演奏と研究を両輪で行っています。

 

古橋 私は名古屋市港区の港まちづくり協議会で、まちづくりコーディネーションを14年ほど行っていました。人と社会との関係に関心があり、研究の観点からも現場を見てきました。現代のまちづくりにおいては、いろいろな人たちの声なき声を見つめていくことが重要だと考えています。私は観光文化交流局と共に、音楽とアートで港町に文化芸術の場をつくる「アッセンブリッジ・ナゴヤ」という取り組みを行いましたが、アーティストと共に街の人たちとコミュニケーションを取ると、普段とは全く異なる空間、そして可能性が見えてくることを体験しました。現在は補助金も減る中で、どのように地域に密着したクリエイティブなことを自分たちで行っていくかが重要になっています。現代のまちづくりには経済的な活性化だけでなく、人々がワクワクして動き出すような部分を見つけることが大事であり、それを仕掛けるのがアートの一つの可能性だと感じています。

 

三浦 私は大分県芸術文化スポーツ振興財団のアドバイザーであると同時に、大分経済同友会の調査部長を務めています。私が2010年に大分に着任した時、既に別府市では、NPO法人BEPPU PROJECTが芸術祭「混浴温泉世界」を始めており、文化で都市再生を図る「創造都市」の考え方が根づいていました。一方、県庁所在地の大分市でも当時、駅前のパルコが撤退するなど中心市街地の衰退が懸念されていました。そこで大分経済同友会は、大分市内でも創造都市を目指すべく、大分市郊外にあった老朽化した県の美術館を町なかに移転新築して創造都市の拠点にしようと提言し、2015年に現在の「大分県立美術館」が市の中心部に開館しました。こうした創造都市、創造農村の動きがやがて大分県内広域に広がる中で、地域の課題をクリエイティブに解決していく方針として、「創造県おおいた」を目指すことが県の総合計画の柱に掲げられました。企業や産業の協働連携に関しては、企業のニーズとクリエーターをマッチングする「CREATIVE PLATFORM OITA」という取り組みも始まりました。また、観光についてはカルチャーツーリズム(文化観光)に取り組み、アートだけでなく、地域の食文化や歴史文化を学ぶツアーを2018年の国民文化祭にあわせて幾つも造成しました。2024年春には、JRグループの「デスティネーションキャンペーン」の開催が福岡県と共同で決定しているため、これまでの経験や知見を生かしながら、大阪・関西万博が開催される2025年に向けて文化による観光誘客を推進したいと考えています。

 

佐藤 私はずっと民間企業で文化事業や社会貢献関連の仕事に従事しておりました。最初は新聞社の事業部門で、名古屋市内のさまざまな文化イベントや地域連携事業の企画・運営を、次に愛知県内の製造業で社会貢献活動やCSR、文化施設運営などの業務を行っていました。クリエイティブ・リンク・ナゴヤの主要な取り組みは文化芸術活動と他分野の連携ですので、これらの経験を生かしていければと思っています。

 

■文化芸術における名古屋の活動環境の課題

綿江 「名古屋は文化不毛の土地だ」と冗談で言われることもありますが、活動環境についてどのような点が課題だと感じていますか。

 

梶田 アーティストをマネジメントする専門家が少ないと感じています。自身のセルフマネジメントも確かに大切ですが、アーティストがクリエイションに集中できるよう、活動を支援してマネジメントする人が必要です。また、劇場や美術館といった文化機関と行政の関係が希薄なため、日頃から交流できれば良いのでは、と思います。名古屋市の文化行政は豊かな方向を目指していますが、それがアーティストには見えず、どうしても活動の重点を芸術に置いてしまいます。芸術に集中するのは良いことですが、文化芸術以外の政策分野への影響も重要であり、そこに目が向かなければ非常にドメスティックな活動となります。この点も、マネジメント人材がいないことによる影響が背景にあるかもしれません。加えて、専門教育機関、行政、文化機関の3者のつながりも薄く、マクロ視点で全体像が見えにくいことが非常に課題だと思います。

 

綿江 なるほど。クリエイティブ・リンク・ナゴヤが解決できることも多そうですね。ここで2つのデータを紹介したいと思います。まず、国勢調査を基にした2015年時点の各地域における芸術家が全就労者に占める割合ですが、名古屋では全労働者の中で彫刻家や画家が占める割合は0.05%となっています。一方で、東京の割合は非常に高く、やはり東京に集中していることが分かります。その他の大都市と比較しても、名古屋および愛知県としても数値が低く、文化不毛の土地と言われる一端になっているのではないかと思います。ただ、もう一つのデータとして、各都道府県の住民が芸術を趣味にする割合を見ると、愛知県の実演芸術鑑賞における数値は低くなく、自身で取り組む割合はむしろ高くなっています。自分が歌う、踊る、演じることは身近にある地域だと言えます。芸術に親しんでいる人は多いともいえるので、クリエイティブ・リンク・ナゴヤが目指す他分野連携の促進なども進めやすい土壌があるのではないかと考えています。

 

梶田 東京志向が非常に強いのは、大都会への憧れだけでないと思います。名古屋には劇場がたくさんありますが、文化芸術推進計画等などの市の取り組みが見えないため、マクロの視点を持てず、自分たちが必要とされていることに気付いていません。社会的役割を実感しにくいため、活動の場がたくさんあるように見える大都会では自分たちが求められるかもしれないと考えるのではないでしょうか。自身の価値を自分たちの街で感じることができれば、データの数値も変わってくると思います。

 

綿江 名古屋市の取り組みやアーティストの活動の周知を、広い意味での広報活動としてクリエイティブ・リンク・ナゴヤが担うことも必要かもしれませんね。

 

梶田 私はアウトリーチが専門ですが、どこにアウトリーチの場があるのか分からないという質問を若いアーティストから必ず受けます。やはり、求められているという入り口が分かれば大きく変わると思います。

 

佐藤 若手の方にとって、東京ではなく名古屋がいいと思えるようなロールモデルが可視化されていないのではないでしょうか。例えば、企業では女性管理職を増やし活躍する姿を見せ、後進を育てるような人材育成の取り組みがあり、そのような施策も有効ではないかと思いました。また、文化施設以外の表現活動に対する民間や公立の支援がもう少しあればいいとも感じています。地域活性化の取り組みに対する市民への認知向上も課題です。
しかし、他分野との連携については、観光やまちづくりの方々に文化芸術へのニーズが本当にあるのでしょうか。まちづくりについては成功事例も多いですが、観光では観光そのものが福岡や札幌と比べて名古屋の分が悪い面もあります。文化芸術を含めた、包括的に名古屋全体を活性化していく施策を考える必要があると思います。

 

綿江 アート側の片思いの可能性もあるため、まちづくりや観光に関するニーズを確認することから始めることは重要ですね。

 

■まちづくりにおけるアートの有効性

綿江 古橋さんはまちづくりとアートを掛け合わせた活動を行っていますが、まちづくりにおける一つの手段としてアートが有効だと考えた背景や経緯を教えてください。

 

古橋 一つは、アーティストが非常にハングリーだったことです。人が創造的に何かを生み出すには、ある種のハングリーな経験が必要です。アーティストは自身の潜在能力を使って生き抜き、それを表現して対価をもらうことに人生を懸けています。現在、街に足りないのは、自分たちの街を自分たちで面白くするという意気込みであり、それをどのようにマネジメントしていくかが大切です。何かを面白がろうとしている人たちと、街に住む人たちとを接触させる機会が非常に大事になります。
アートは課題解決ではなく問題提起であり、自らを問い直し、考えさせられることでリフレッシュできたり、新しいコミュニケーションが生まれたりします。街や社会を変えていくには、自分を表現することに一生懸命向き合う人たちを招き、それを楽しむことが重要だと思います。

 

綿江 アートとまちづくりには親和性があるようにも思えますが、名古屋におけるまちづくりとアートの結び付きは、まだ実際に多くないように思います。それをクリエイティブ・リンク・ナゴヤで促進する際、まちづくり側や文化芸術業界側における課題としてどうようなものがあるのでしょうか。

 

古橋 まず、言語が全く異なることが挙げられます。また、アーティスト本人が何を作ろうとしているのか分からないことも多い一方で、作品をどうするかを決めて予算を取るのが行政の会計の在り方です。しかし、何が起きるか分からないのが面白いため、落としどころを用意せず、実験的な事業を一緒に伴走することが非常に大事になります。
アーティストのチャレンジを応援するには勇気が必要であり、理解するための勉強も大変ですが、好奇心を持って関わり、共に生み出すことが重要だと考えます。そして、その成果を再度分析し、地域の人々に解説することも大切です。

 

綿江 なるほど。結果が分からないものに懸けることができる社会が、クリエイティブな社会の一つの要素だと言われたりもします。最近では、企業においてもアートへの関心が非常に高まっています。これまで日本の企業は結果が分かるものにしか挑戦しなかったため、差別化できずにグローバル競争で勝てなくなりました。それでは駄目だと気付いた企業がアートに関心を持ってきています。ただ、行政は企業と比べてもかなり保守的です。どのような成果を残せるか分からないという意味では、クリエイティブ・リンク・ナゴヤ自体が大きな行政としてのチャレンジとなります。クリエイティブ・リンク・ナゴヤが主導して、行政が変わっていけば、民間のプレーヤーにも大きな刺激になっていくのではないかと思います。

 

■他分野との連携

綿江 クリエイティブ・リンク・ナゴヤでは他分野連携、特に観光やまちづくりとの連携を強調していますが、これには企業が重要なカウンターパートとなります。大分においては企業との連携が進んでいますが、工夫している点や苦労した事例について、三浦さんに伺いたいと思います。

 

三浦 私が大分に来た2010年の秋に、たまたま別府でシンポジウムがあると聞いて、同友会メンバーの経営者と一緒に訪ねたところ、創造都市や文化でのまちづくりをテーマにしており、二人の間で大分市もこれに取り組むべきではないかという話になりました。その後、BEPPU PROJECTと同友会の関係が深まり、国内外の創造都市や芸術祭をBEPPU PROJECT代表や知事、県の文化担当者と共に視察しました。一緒に旅したことで互いを理解できたとともに、実際にアートで地域が活性化している事例を見る経験を共有できたことが非常に大きかったと思います。その他にも、大分の県産品にデザインを加えてブランディングしていく取り組みを通じて、BEPPU PROJECTには、さまざまな地域の生産者とのつながりができました。さらに、CREATIVE PLATFORMの運営を通じて、県産品の生産者だけでなく、第1次産業から第3次産業まで、福祉施設からサッカークラブにまでクライアントが広がったことで、企業とのネットワークが拡大したと感じています。

 

綿江 企業との連携において気を付けなければならないことはありますか。また、文化芸術関係者が心掛けるべきことは何でしょうか。

 

三浦 まず、行政とアーティストは言語が異なり、それを通訳するのがアートマネジメントの重要な仕事だといわれますが、企業とアーティストをつなぐうえでも通訳の能力が問われます。また、行政はルールに従っているか否かを重視しますが、企業では、法令遵守は当然とした上で、きちんと成果を出しているかどうかが問われます。特に文化を活かした観光・まちづくりにおいては、アーティストの作品がどのように評価されたかと同時に、地域の魅力がどのように情報発信されたかが大事になります。そのため、来場者へのアンケートや、どのメディアに取り上げられたかを記録に残す作業が必要です。なお、新しい事業を始める際、単年度主義の行政と、機を見るに敏な民間企業では、事業企画・実施のスピード感が異なるため、両者をうまくつなげていくことも重要だと感じます。

 

綿江 クリエイティブ・リンク・ナゴヤの設立に向けては、他分野連携の在り方について多くの議論を行いました。名古屋だけでなく、国や色々な地域において文化芸術における他分野連携が謳われていますが、実際にうまくいっている事例は少ないです。
そこには幾つか要因が考えられます。1つは、他分野連携と言っている理由が、行政にとっては予算確保・獲得の方便である場合が大半なのではないかということです。芸術性の追求だけでは公的な予算が付きづらくなってきたので、文化芸術がさまざまな政策分野にも役立っていることをアピールするような事例を作ろうとしているだけではないかと。
このような発想から始まってしまうと、文化芸術業界が中心とした考え方になってしまうわけです。そうなると、例えば、他分野のノウハウが必ずしもあるわけではない文化芸術分野のプレーヤーが他分野の取組を行うということになります。それでは上手くいくはずもありません。当然ですが、観光や福祉といった他分野においては沢山のプレーヤーもおり、長年の活動を基にノウハウやネットワークが蓄積されています。行政もそうです。彼らは彼らで目的を持って活動しているわけです。
本来であれば、他分野における課題や彼らの目的を十分に把握し、その中で文化芸術を用いることが効果的・効率的であるものに関して一緒に取り組むことが基本姿勢であるべきです。彼らの課題の解決や目的の達成のためには、必ずしも、文化芸術を活用する必要がない場合もあるわけです。他分野連携自体を目的化した自己中心的な発想ではなく、互いがWin-Winとなる形を探るべきです。そういう意味では、大分ではそのような形で活動されているなと感じました。

 

三浦 企業とアーティストの連携事例としては、自治体などが主催する文化事業に企業が協賛金を出すパターンが最も想定されると思います。その際、企業側が支援を行うインセンティブが、地元でのお付き合いや、文化に理解がある企業としてのブランディングなどであった場合、資金提供後に主催者にアカウンタビリティ(説明責任)を求めないケースが多いかもしれません。もっとも、企業のブランディングへの貢献度に関して広報効果を尋ねられることはあるでしょう。その場合は、どのメディアにどれだけ取り上げられたかや、ネットでの話題性など、リアルタイムで情報を蓄積していれば企業に答えられます。ただし、観光・まちづくりの団体、福祉・医療のプレーヤーなどでは、アートの創造性とともに、事業が彼らの抱える課題の解決にどのように貢献しているかが問われるなど、アカウンタビリティが高度化します。その際、プレーヤーとアーティストがコミュニケーションを取りながら互いの立場を尊重し、1つのプロジェクトを共に実現していくことが重要だと感じます。

 

 

■クリエイティブ・リンク・ナゴヤへの期待

綿江 クリエイティブ・リンク・ナゴヤに期待したい点は何でしょうか。

 

梶田 他分野連携において、アーティストの活動がどのような形でメリットとして出るのかは、経年で丁寧に調査していく必要があります。また、芸術家やアーティストは一つの言葉でくくられる傾向がありますが、各分野によって目を置く場所が異なるため、アーティストの生態をよく知ることも重要です。長期的にマクロの視点を持ち、丁寧なつながりをつくっていくことをクリエイティブ・リンク・ナゴヤに期待したいと思います。

 

古橋 異分野との関係性を構築するには、公共性を見いだす必要があります。公共性がなければ、やはり行政は関わりにくい部分があると思います。個人の問題に見えることも社会の中で位置付けられる場合が多く、その際に公共的な課題として実験的に一緒に取り組むことが大切です。企業にはリスクが大きく、行政でなければ実施できない部分もあるため、公共性を見いだし、手応えを形にしていくことで、取り組みがつながっていけばと思います。

 

綿江 初めは受益者が限られた人々に見える活動もありますが、クリエイティブ・リンク・ナゴヤがその事例やノウハウを他の団体・人々にも横展開することで、公共性を高めることもできるかもしれませんね。

 

古橋 それが、自身で取り組むことが好きな名古屋の人たちとうまくリンクすれば面白いと思います。

 

三浦 アーツカウンシルの代表格であるアーツカウンシル・イングランドの目指すべき人材像は、「T字型人材」だといわれます。これはアルファベットのTの字になぞらえたもので、縦棒は自身の専門性を持つこと、そして横棒としてそれと異なる広い領域にも関心を深めて学ぶことを指しています。クリエイティブ・リンク・ナゴヤのスタッフには文化芸術プロパー以外に、非常に多様なバックグラウンドやキャリアを持つ方が集まっていると伺いました。皆さんが、縦軸の専門性をそれぞれ補い合いながら、個人としても組織としても横軸を広げてもらいたいと思います。また、クリエイティブ・リンク・ナゴヤには政策提言機能が期待されていますが、これは非常に重要な機能です。スタッフの皆さんはもちろん、組織の理事会や文化芸術評議会のメンバーの集合知も結集して、政策提言を行ってもらえればと思います。

 

佐藤 中長期的な視点で包括的な施策を行い、丁寧にコミュニケーションを取っていくことは、まさにわれわれが目指すべきものです。またいうまでもなく、公共性は必ずしも行政だけが持つものではないため、民間やアーティストのパブリックな部分を引き出していく機能をクリエイティブ・リンク・ナゴヤが持つべきだと感じました。多様な期待をしっかりと受け止め、共に取り組む方を1人でも増やし、これから活動していきたいと思います。

 

綿江 実は、名古屋版アーツカウンシルの検討に当たり、名古屋市とは早期の段階でアーツカウンシルという言葉を使って議論しないことを約束していました。日本でもさまざまな先行型のアーツカウンシルがある中で、名古屋には名古屋の課題や事情があり、本当に必要なものをゼロベースで検討したいと考え、アーツカウンシルという言葉が持つ固定観念にとらわれるべきではないと考えたからです。われわれとしては非常に大きなチャレンジをしているつもりであり、いろいろな仕掛けを組み込んでいます。このチャレンジについて皆様に厳しい目で見ていただくとともに、力添えいただければ幸いです。