【2024年度助成レビュー】おどり場「風景:みえる」文:辻󠄀󠄀琢磨/建築家 | つながるコラム | クリエイティブ・リンク・ナゴヤ

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2024.12.9

【2024年度助成レビュー】おどり場「風景:みえる」
文:辻󠄀󠄀琢磨/建築家

自由な鑑賞を生みだす【ガイダンスセンター】 撮影:今井隆之

 

クリエイティブ・リンク・ナゴヤの2024年度助成プログラムのうち、「社会連携活動助成」で採択された事業の模様を、6回に渡ってご紹介します。今回は辻󠄀󠄀琢磨さんによるレビューです。

 

【社会連携活動助成A】
助成事業名:「風景:みえる」
実施者名:おどり場
活動領域:美術、演劇、メディア芸術、文学
連携先の分野:観光、まちづくり
実施日:2024年9月20日(金)~24日(火)
会場:那古野・円頓寺商店街を中心としたエリア

 


 

■辻󠄀󠄀琢磨 建築家

風景へ

円頓寺商店街に着いたのは展覧会のオープン時間の直前で、まだ展示インストールの追い込み中だった。【チケットセンター】は商店街の入口に設置され始め、その脇の【ガイダンスセンター】の前にはこれから商店街の各会場付近に広がることになるサイン計画のための什器が地面に並べられており、【ガイダンスセンター】の中では主催の《山をおりる》メンバーによる設営作業が黙々と続いている。

 

【ガイダンスセンター】の店前に並ぶ設営前の什器 撮影:辻󠄀󠄀琢磨

 

もう既にインストールが済んでいる作品もあるというので、出来上がっているところから見ていこうという流れになり、まず【伊藤家住宅】の《なかむら まゆ》の写真展示から拝見する。伊藤家住宅は堀川の水運を利用して家業を営んだ商家の屋敷で、江戸時代に防火と旧大船町商人の商業活動のため道路幅を四間(7,280mm)としたことがその名の由来である「四間道」に面し、玄関土間から入ると、畳の間が続き、立派な中庭を眺める縁側や床の間が建物の歴史を感じさせる。なかむらの写真がその全体に散りばめられておりほとんどが置き手紙のような自筆のメッセージが据えられ、非常に私的な空間となっていた。その手紙や写真を眺めながら視線を動かしていくと必然的に先のような建物の歴史が目に飛び込んできて、写真の中にあるなかむらが切り取った都市風景と、置き手紙がつくる「私」の部屋のような親しみのある情景が混ざり合い、立派なお屋敷に暮らすような疑似体験を来場者に提供する。

 

【伊藤家住宅】の《なかむら まゆ》による写真展示「風景#3」 撮影:今井隆之

 

建屋を出て堀川沿いを歩くと護岸整備のための巨大な足場が運河の一部を覆う、ダイナミックな都市の風景が現れた。

 

堀川に設置されていた護岸整備のための足場 撮影:辻󠄀󠄀琢磨

 

その先に創業100年を超える材木店である【沖正商店】社屋の一部を利用した次の展示スペースがあった。沖正商店へは堀川を挟んで四間道と逆側の木挽町通りからアプローチするのだが、その入口は緩やかなモルタルと段鼻に材木を組み合わせた階段で、下った先には先の運河の水面と護岸整備のための巨大な足場が切り取られている。これだけで信じられないくらいドラマチックな体験だが、下っていくと《豊島鉄也》の彫刻作品が材木見本にまぎれて展示台の上や床に置かれて佇んでいる。それぞれの陶土でつくられた作品はなんとなく都市のテクスチャを転写したような表情をして、一つ一つは曲面で構成されて柔らかな存在感を纏っていた。そして、その奥の間では材木屋の社長さんが打ち合わせをしているのが開口の先に見える。振り返るとまた運河がアイレベルに見える。その奥の部屋には豊島による別のゴツゴツした石膏の作品がゴロンと床に置かれている。階段に戻り道に出ようとすると今度は階段を登った先に明るい地上が切り取られている。

 

【沖正商店】入口から運河を見下ろす 撮影:辻󠄀󠄀琢磨

 

【沖正商店】に展示された《豊島鉄也》による立体作品「石について」 撮影:辻󠄀󠄀琢磨

 

地上に出て北に向かい、次の【commone’sビル】の《こはま ふみお》の作品へ向かう。commone’sビルは古い雑居ビルで二階は美味しいフレンチレストランだそうだ。会場はその三階、レストランと階段は壁で分けられていないのでその店内を通過して三階にたどり着いたと言ってもよい。こはまふみおは在廊しており今まさに動画を書き出している最中で、書き出しているPCをディスプレイにつなげ、自らの過去のプロジェクトを説明してくれた。この日は9月も終盤だというのに信じられないくらいの暑さで、三階はエアコンが効いており書き出しを待っている間、こはまの話をひたすら聞いていた。ようやく書き出しが終わり、デジタル情報に変換された写真風景をプリントアウトして現実空間にコラージュするという、こはまの今回の作品プロセスを改めて動画で確認できたのだが、ほとんど今まで直接話していた印象からズレはなかった。

 

【commone’sビル】に展示された《こはま ふみお》の立体作品「背景に耳を傾ける」 撮影:今井隆之

 

主催者の一人である《桂川大》も合流し、自身が設計した会場什器・サイン計画となるプランターを運びながら少し一緒に歩いて話しを聞いた。どうやらこのプランターの一部と苗木は会期後、展示としても会場になっている地域花壇に植えられ、その花壇を個人でボランタリーに管理されている方に寄贈するらしい。会場のベンチなどと寸法を揃えたプランターの表面にはミラーシートが貼られ、地面のペーブメントがそのまま側面に映り込み、テクスチャが道路のペーブメントと連続しているように見える。西へ移動し冒頭の【ガイダンスセンター】に戻ると既存のハンガーラックを流用したテーブルセットやディスプレイが早速できており、アーケードからはピンク色の農業用ネットが吊るされ、【チケットセンター】の看板も立ち上がっている

 

【チケットセンター】 撮影:今井隆之

 

会場には展覧会に合わせて【ブックショップ】(会期後も運営されているとのこと)も設えたというので、【ガイダンスセンター】から大きなマンション工事の脇を抜け少し北に移動すると、昭和の木賃アパートにたどり着き、その一室を案内された。細い鉄骨階段を登り部屋に入ると、内部はほとんど白く塗られ、まだ本が並んでいない棚とエアコン、窓だけが壁に張り付いている。それにしても絵に描いたような風呂なしアパートである。アパートの眼の前では、謎の細長いロータリーが都市の空白を死守していた。

 

都市高速の反対側へ渡り、花を持ち出した花壇にたどり着くと先程のロータリーのような空白がまた現れ、その真ん中に花壇があった。【那古野二丁目広場】と名付けられていた。ここはもともとは街園と呼ばれる都市空間で、( 作家キャプションからの孫引きとなるが)『改定 道路空間緑化基準』名古屋市緑政土木局 (2013)によれば、街園とは

 

「道路空間内にあって、一般交通の用に供しないで広場的、公園的機能を有し、地域にゆとりあるスペースを提供する施設または車両の安全円滑な通行及び歩行者の横断の安全を確保するために、交差点、車道の分岐点に設けられる島状の施設 」

 

を指し、公的に確保された都市の空白と呼べるだろう。

 

【那古野二丁目広場】で桂川による「人と花、広場の営み、あるいはそこにある微かな動き」 撮影:辻󠄀󠄀琢磨

 

街園の花壇は南側と北側に区分けされており、南側が什器プランターと苗木を会期後に寄贈することになる個人管理の地域花壇、北側は行政が管轄する地域花壇だそうだ。個人管理の花壇は、近隣店舗の助けも借りながら、20年ほど前から個人がボランタリーに管理するようになったのだという。桂川はこの広場のボランタリーな運営方法に、所有概念が隅々で行き届いた現代都市への批評性を見出し、展覧会什器と間接的な関係を結んだうえでキャプションを置くという行為によって、広場そのものを作品として位置づけてみせた。

 

最後に訪れた【那古野二丁目長屋】では、同じく《桂川大》による本企画や会場什器、サインについてのドキュメンテーションが展示される予定ということだった。小さな画面に映された動画はインストールが終わっていたが全体としてはまだ途中のようで、先行して入ってきた来場者に桂川さんが説明を始めたところで、私のこの展覧会の体験は終わった。帰り道ではすぐ目の前で道路工事が行われており、アーケードの下を歩くと、そういえばこの展覧会を主催したおどり場の一回目の展示の際に、アーケードの上に地域の猫が逃げこんでしまって出れなくなって、ミャアミャアとか細い声で鳴いていたことを思い出した。その後、最寄りの地下鉄の国際センター駅に向かう途中で、名刺入れをどこかに忘れたことに気がついた。たぶん那古野二丁目長屋でソファに座って説明を聞いていた時だろう。戻る。もう誰もいなくなったインストール直前の室内のソファに私の名刺入れは忘れられていて、その場で少しホッとして、改めて私のこの展覧会の体験が終わった(今回の訪問では《山川陸》による参加型パフォーマンス作品「いきかえり」こそ体験できなかったが、いずれにしても都市全体を展示空間として扱うという意志は理解できた。)。

 

主催の《おどり場》は本展覧会を時期を違えて連続する展覧会の3期目に位置づけており、昨年同じく円道寺で同じ作家によって開催された〚1期 風景:いる <be>〛、その図録として刊行された〚第2期 風景:みる <behave>〛をとおして作家たちが発見・生成した成果が今回 〚第3期 風景:みえる <become>〛として展示されている。

 

彼らがそれぞれの展覧会のテーマにした「風景」とは、眼の前に現れるものだけで構成されているのではなくて、時間概念を含んで記憶の総体として体験者それぞれに立ち上がるものである。この展覧会はその記憶の総体こそが都市空間であるという宣言を明確に表していた。完結的でなく、時間が連続し、思考を限定せず、たった一人の脳からのアウトプットでは到底叶わない。そのような表現の展開は、真に風景の可能性を問うだろう。完成という概念が見えないのは、都市にとっても、この展覧会にとっても、全く自然なことのように思えた。

 


 

第1期 風景:いる <be>
2023年9月16日(土)〜9月19日(火)
会場:円頓寺商店街 元写真スタジオ 名古屋市西区那古野2-8-3
時間:10:00〜18:00

 

第1期「風景:いる」では、風景をテーマに制作する作家らが運動体を通して「鑑賞とはなにか?」「風景とはなにか?」をどのように思考するのか、そのきっかけとなる作品を展示する

 

主催:おどり場
出展者:こはまふみお、豊島鉄也、なかむらまゆ、山をおりる、桂川大
企画・空間設計:桂川大(STUDIO 大)
制作協力:Material Learning Farm, 梅村樹
協力:(株)プロスパー、藤工芸
エディトリアル・ディレクション:春口滉平(山をおりる)
デザイン:綱島卓也(山をおりる)

 

第2期 風景:みる <behave>
2023年9月20日(水)〜2024年9月19日(木)
会場:自宅(図録を不定期に郵送します)

 

第2期「風景:みる」は、本展覧会の図録自体が展示に。作家らの制作過程等の図録コンテンツが会期中不定期に郵送され、図録を自分でバインドすることで鑑賞が可能となる、鑑賞行為そのものを問う実験的な展示企画となっている。

 

第3期 風景:みえる <become>
2024年9月20日(水)〜2024年9月24日(木)
会場:名古屋市那古野エリア一帯|8会場+円頓寺商店街アーケード内
時間:10:00〜18:00(※最終日は16:00迄)
主催:おどり場、円頓寺商店街振興組合
共催[3期]:四間道・那古野界隈まちづくり協議会
後援[3期]:名古屋市
助成[3期]:クリエイティブ・リンク・ナゴヤ、十六地域文化振興財団

 


 

■おどり場の桂川大さんとエディトリアル・ディレクションを担当した春口滉平さん(山をおりる)への事前インタビュー記事もあわせてご覧ください。

採択事業者インタビュー② おどり場「風景:みえる」