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2025.4.3

【2024年度助成レビュー】マーロン・グリフィス「Metamorphosis II — YEAR OF THE ROOSTER —」
文:塩津青夏(愛知県美術館 主任学芸員)

 

クリエイティブ・リンク・ナゴヤの2024年度助成プログラムのうち、「社会連携活動助成」で採択された事業の模様を、6回に渡ってご紹介します。
今回は塩津青夏さんによるレビューです。

 

【社会連携活動助成A】(継続採択)
助成事業名:「Metamorphosis II — YEAR OF THE ROOSTER —」
実施者名:マーロン・グリフィス(Mas Nagoya 実行委員会)
活動領域:美術
連携先の分野:まちづくり、国際交流、福祉、教育
実施日・会場:2024年11月16日(土)鶴舞公園

公式Instagramアカウント:@mas_nagoya

 


 

■ 塩津青夏 愛知県美術館 主任学芸員

 

 1945年初頭、米軍は日本の都市を効果的に攻撃するため、焼夷弾の特性や投下方法を検証する試験的な空襲を実施した。2月の神戸・東京への本格的な攻撃に先立ち、最初に標的とされたのが1月3日の名古屋である。この結果を踏まえ、3月中旬以降、米軍は名古屋を皮切りに全国各地で大規模な焼夷爆撃を展開した。5月14日には、300年以上にわたり名古屋の象徴であった金鯱が、名古屋城の天守とともに焼失した。[1]

 

 現在名古屋市に暮らす井戸早苗さんは、当時6歳だった。1月1日と2日は空襲がなかったため、3日には晴れ着を着せてもらい、正月らしいひとときを過ごしていた。しかし、その穏やかな時間は空襲警報の音とともに打ち砕かれた。避難の際には、父親から「子どもだけでも逃げてほしい」と送り出されそうになったという。戦火の中、幼い子どもが一人で逃げる心細さと恐怖は計り知れない。1月3日の空襲後、名古屋は3月にも再び大規模な空襲を受けた。井戸さんの証言は幼少期の記憶であるにもかかわらず、米軍の記録と一致しており、歴史的な証左ともなっている。

 

 マーロン・グリフィスによるプロジェクト「Metamorphosis II — YEAR OF THE ROOSTER —」は、昨年に続き、地域の人々とともに数週間のワークショップ(マスキャンプ)を実施し、鶴舞公園でパレード(Procession / 行進)を行うものであった。[2] 今年はそのワークショップの一環として、戦争経験者が当時の記憶を語るプログラムが組み込まれ、井戸さんの話も参加者と共有された。防空壕の位置、焼夷弾が降り注いだ場所、逃げ惑う少女が着ていた服――そうした生々しい証言は、当時の人々の暮らしや心情を具体的に想起させ、戦争が決して遠い過去の出来事ではないことを実感させた。

 

鶴トーク(当時の公園を知る方を招いたお話会)
2024ⒸMasNagoya実行委員会

 

 グリフィスは、第1弾のプロジェクトを経て「戦争が鶴舞の人々だけでなく、名古屋市民全体の歴史の一部である」と認識したという。「鶴舞公園は娯楽の場であると同時に、地域社会の公共空間として多様な機能を果たしていました。戦時中は食糧栽培の場であり、空襲時の避難所でもありました。戦後は進駐軍に占拠され、市民の立ち入りが制限されましたが、公園の裏手では子どもたちが遊び、アメリカの独立記念日には閉ざされたゲートが開き、ホットドッグが配られたといいます。」[3]

 

 グリフィスのマスキャンプは、地域住民がパレードの準備を通じて共同体を形成し、時間や経験を共有する場として機能している。戦時中の出来事が話題に上ることは、彼が今回特に意識した点である。しかし、彼は戦争の記憶を唯一の焦点とするわけではなく、ましてやそれを参加者に強制することはない。このプロジェクトでは、戦争を記憶することを「特別な目的」とするのではなく、日常の延長線上で自然に語られるものとして捉えられている。そのため、パレードの衣装や仮面のデザインも、戦争の記憶を直接的に描くようなことはなく、抽象的な造形が施されている。

 

マスキャンプ(パレードの衣装作り)
2024ⒸMasNagoya実行委員会

 

 

太鼓ワークショップ(パレードに向けての演奏体験・リズム作り)
2024ⒸMasNagoya実行委員会

 

 パレードの参加者が纏う衣装は、白・黄・赤・黒の4色のいずれかを基調としており、それぞれ異なる意味を持つ。白は「戦後、鶴舞公園が進駐軍に接収され、自由に入れなかったこと」や「鉄格子の向こうに咲く花」を、黄色は「空襲時の混乱や焼け野原となった町の情景」を、赤は「避難する人々が抱えた大切なものの一つである着物」を、黒は「すべてが終わった後の土地(land)と、未来を見据える子どもたちの輝き」を表現している。これらの衣装は一見したところ戦争や空襲を直接想起させるものではないし、パレードの中でこれらの色の象徴的な意味が説明されることはなく、視覚的な表現として提示されるにとどまっている。

 

 

 

 2025年、日本は戦後80年を迎える。この不確実な時代において、過去の戦禍から学び、地域社会とともに自身の足元を見つめ直すことは、ますます重要になっている。グリフィスのプロジェクトは、過去の記憶を静かに掘り起こしながら、未来に向けた対話の場を創出するものであり、戦争の記憶を単なる歴史としてではなく、現代社会の中で新たに意味づける試みとして、大きな示唆を与えている。

 

 

 

 

[1] 西形久司+春日豊「名古屋市街地への空襲」愛知県史編さん委員会編集『愛知県史 通史編8 近代3』(愛知県、2019年)、729-737頁。

[2]昨年実施されたプロジェクト1弾の様子は以下の記事を参照。塩津青夏「日常のための祝祭 −−マーロン・グリフィス「Metamorphosis I —Where Water Flows—」」『クリエイティブ・リンク・ナゴヤ』ウェブサイト(https://creative-link-nagoya.jp/column/2012/)最終閲覧2025年3月10日。

[3]「採択事業者インタビュー③ マーロン・グリフィス「Metamorphosis II — YEAR OF THE ROOSTER —」」『クリエイティブ・リンク・ナゴヤ』ウェブサイト(https://creative-link-nagoya.jp/column/2874/)最終閲覧2025年3月10日。

 

(写真:三浦知也)

 


 

■ マーロン・グリフィスさんへの事前インタビュー記事もあわせてご覧ください。

採択事業者インタビュー③ マーロン・グリフィス「Metamorphosis II — YEAR OF THE ROOSTER —」